1987年の新日本プロレス世代闘争を語る⑦ | 歴史を感じよう

歴史を感じよう

日本史について感じたこと、調べたことを連載形式で書いていきます。また、神社やお寺、史跡巡りしたこと、プロレスについても書いていきます。わが愛犬てんのことも語っていきます。そして…「オイラ、えいたろうの相棒のコアラだよ。是非読んでね。」


新日本プロレス戦国合戦シリーズ中にマサ斎藤アントニオ猪木さんとの対戦を要望しました。

コアラ世代闘争中で猪木さんと斎藤さんは同じチームなのに…


これを受けて猪木さんは、



対戦をすることを承知したが、対戦の場所を…


巌流島、しかも観客を入れない戦いを発表したのです。



コアラ巌流島って武士の時代に宮本武蔵佐々木小次郎が戦った場所だよね




世代闘争真っ只中なのに、なぜ猪木さんと斎藤の対戦が行われるのか?




めちゃな流れだと思います。



実は世代闘争のアングルを発案したのは、テレビ朝日だったのです。






テレビ朝日は放送している『ワールドプロレスリング』の視聴率が悪い状態でした。


コアラ確か前年に『ギブアップまで待てない〜ワールドプロレスリング』として放送してたけど、これが当時は視聴者にウケなかったんだよね



長州力が新日本プロレスに復帰したのはいいが、長州の試合を全日本プロレス、日本テレビとの契約問題でテレビ中継できず…





さらに新日正規軍、長州軍、UWF軍とあった新日本マットでは視聴者にわかりにくい…


そこでこれを2つに分け、わかりやすい状況にしようと提案。


これを長州が乗り、藤波辰巳前田日明が了承。



長州は猪木さんを押し退けてトップに立つ考えを持っていたのでしょう。




対する猪木さんは新世代の引き立て役になることに納得はしなかったのです。



しかし、1983年に起きたクーデター事件以降、新日本プロレスの主導権はテレビ朝日が握っていたのです。



猪木さん自身も、世代闘争は猪木降ろしだとわかっていたのでしょう。



テレビの視聴率も悪く、下降気味の猪木さんより上り調子の長州、藤波にバトンタッチすべきとテレビ朝日や新日本内部でも囁かれていたのです。






斎藤もこの世代闘争には全く気乗りせず…




世代闘争が盛り上がりに欠けたのは猪木さん、斎藤が全く乗り気ではなかったからでしょう。




猪木さんは、ここで底力を見せるべく、ぶち上げたのが巌流島での猪木vs斎藤だったのです。






つづく


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