1983年8月25日、新日本プロレスの事務所で緊急役員会議が行われました。
翌日には新たなシリーズ、ブラディファイトシリーズの開幕戦を控えていました。
このポスター、長州さんが載っていないね。さらにタイガーマスクが載ってるけど、既に引退発表してるんだよね
会議では山本小鉄がアントニオ猪木さん、坂口征二、新間寿の降格を要求しました。
「受け入れなけば明日からのシリーズ、全選手ボイコットします。」
あくまでも内部改革に走っていた山本を同じクーデター派でも新団体設立が目的だった大塚直樹は複雑だったと思います。
クーデター派と言っても山本派、大塚派、そして引退したタイガーと3つに割れていたんだね
猪木さんはあっさりと山本の要求を飲み、自らの社長辞任を表明したのです。
激怒した新間寿は途中退席しています。
役員会議の結果として、
猪木さんは社長辞任、坂口は副社長辞任、2人は一般社員に降格。
新間は謹慎処分。
山本小鉄とテレ朝出向社員2名は代表取締役就任。
マッチメーク全権は藤波辰巳が代表を務める選手会に移譲。
これでクーデターは成功し、山本とテレ朝出向社員2名が代表を務めるトロイカ体制ができたのです。
ただ、クーデターを言い出した大塚は山本のみが代表取締役に付き、個人の利益に走ったと見て、この後は協力しなかったのです。
役員会議の翌日、ブラディファイトシリーズは開幕。
そして8月28日、田園コロシアム大会で猪木さんの復帰第1戦が行われました。
つづく
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