1983年6月2日、新日本プロレスは蔵前国技館でIWGPの優勝戦を行いました。
優勝戦は、
アントニオ猪木
vs
ハルクホーガン
アンドレ・ザ・ジャイアントはキラーカーンとの公式戦で引き分けて優勝戦には行けなかったんだよね
猪木さんが優勝と多くの方が予想がしましたが、自分はホーガンを応援していましたね。
結果は…
ホーガンのアックスボンバーでリング下に落ちた猪木さん。
猪木さんは立ち上がることができず、ここで新日本プロレスのセカンド陣が猪木さんをリングに担ぎ上げてしまいます。
えっ?セカンドが手を貸したらダメじゃん
この時、テレビ解説の山本小鉄さんが「セカンドが手を貸しちゃダメですよ」と言っていましたが、自分もそう思いました。
リングに上げられた猪木さんは…
倒れたままで舌を出していました。
明らかにおかしい!
セカンド陣も上がり、
これはホーガンの勝ち!!なのですが、猪木さんの異常事態に皆がバタバタしていました。
猪木さん失神!
この事態はプロレス紙以外の一般紙の新聞やニュースでも報じられました。
えいたろうは愛媛新聞て見た記憶があるんだって
試合は木曜日で、翌日の金曜日のワールドプロレスリングで放送されました。
猪木さんはリングサイドでアックスボンバーをくらう前に場外で背後からの攻撃で鉄柱に頭をぶつけていました。
これも失神の原因かと言われていました。
当時、金曜日の深夜には『山口良一のオールナイトニッポン』が放送されており、その中のプロレスコーナー「闘魂スペシャル」でも猪木さん失神のことをタイガーマスク(正体は佐山サトル)とともに語っていました。
当時、山口良一さん(⬆️画像の右)はイモ欽トリオとして活躍していたんだよね
ところが後年になって、猪木さんの失神は猪木さんが仕組んだことで失神などしていないと言われています。
本来は猪木さんが勝つ流れだったのが、猪木さんが勝手に変えてしまったのです。
えー!
当時はプロレスの裏を知らなかった自分は猪木さんが本当に失神して病院に運びこまれたんだと思っていました。
この⬇️の週刊プロレスから発売されたIWGP特別号も買いましたね。
猪木さんは念願のIWGP優勝を放棄したのか?
猪木さんは病院を抜け出し、海外へ行った…とも言われています。
海外…アントンハイセルの事業に夢中になっていた猪木さんはIWGPに冷めていたのではないでしょうか…
IWGP中、他にもとんでもないことが起こっていたのです。
つづく
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