アントニオ猪木さんは、プロレス以外にも事業を行なっていました。
それがアントンハイセル。
当時、アントンハイセルと言われても、何の事業か、わらかず、猪木さんが取り扱っていたひまわりナッツのことかと思っていました。
猪木さんはタバスコも取り扱っていたよね
ひまわりナッツはアントンハイセルとは違う猪木さんの別会社が扱っていたようです。
アントンハイセルはブラジル国内で豊富に取れるサトウキビの絞りかすを新たなエネルギーとなる有効活用する事業…のようです。
猪木さんは1980年から、この事業を始めたのです。
1980年と言えば、
ウィリーウィリアムスとの異種格闘技戦を行い、異種格闘技戦に一区切りをつけた年でした。
アリ戦で莫大な借金を背負ったけど、返すために異種格闘技戦を行なったって言われてるね
その後、新日本プロレスは黄金期を迎えるわけですが、猪木さんはプロレスで稼いだお金をアントンハイセルの事業につぎ込んでいたのです。
1983年になり、猪木さんが提唱したIWGPリーグ戦が行われることになっていました。
IWGPは世界に乱立するチャンピオンベルトを統合し、世界最強の統一王者を決める構想でした。
当時、NWAが1番権威のあるベルトだったけど、新日本プロレスには来なかったんだよね
1980年末にIWGP構想が発表され、実に3年越しの待ちに待った開幕でした。
ただ、メンバーが昨年まで行われていたMSGシリーズと大差はない…と思いましたね。
リーグ戦は大盛り上がりで、どの会場も満員、テレビ中継の視聴率も好調でした。
そして決勝戦は猪木さんとハルクホーガンの対戦でした。
誰もが猪木さんの優勝間違いなしと思っていましたが…
あー、あの出来事かぁ…
猪木さんがKOされてしまったのです。
つづく
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