猛将親父 〜第142話 武芸を磨く元春〜 | 歴史を感じよう

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日本史について感じたこと、調べたことを連載形式で書いていきます。また、神社やお寺、史跡巡りしたこと、プロレスについても書いていきます。わが愛犬てんのことも語っていきます。そして…「オイラ、えいたろうの相棒のコアラだよ。是非読んでね。」

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目次




天下を競望せず…

わしは吉川元春(きっかわもとはる)の三男、広家(ひろいえ)です。


天正10年(1582年)6月13日、羽柴秀吉(はしばひでよし)は山崎の戦い明智光秀(あけちみつひで)を倒した。


コアラ光秀さんは織田信長(おだのぶなが)さんを6月2日に本能寺で討ったばかりなのにわずか11日後に討たれるなんて…



秀吉「やった!やった!謀反人、光秀を討ったぞ!!」



そこへ黒田官兵衛(くろだかんべえ)がやってきた。


官兵衛「殿(秀吉のこと)、毛利輝元(もうりてるもと)殿の使者として安国寺恵瓊(あんこくじえけい)が来ております。」



安国寺恵瓊


秀吉「おぉ、毛利が…通せ通せ。」



恵瓊が来た。


恵瓊「毛利輝元様並びに毛利家より秀吉様の戦勝のお祝いとして来ました。此度の勝利、おめでとうございます。」


秀吉「うむ、毛利との和睦が先日のこと。こんなに早く明智を倒せたのは、毛利が講和を守り、追撃なぞせねなんだからだな。はははっ。」


恵瓊「はい、約定を守る…それが毛利家でござます。」


コアラ備中高松城の戦いで秀吉さんは信長さんが討たれたことを隠して毛利と和睦を結んだんだよね



秀吉「毛利にはお礼を言わせねばならぬ。毛利の旗指物を貸してくれたゆえ、光秀は我らに毛利が付いていると思っていたからな。」




コアラ戦の時に使う旗だね



恵瓊「…これは小早川隆景(こばやかわたかかげ)様からの贈り物ですね。」


秀吉「さすが智将と言われる隆景だな。ところで吉川元春はどうしておる?」


恵瓊「はっ、元春様は自らの居城、日野山城(ひのやまじょう)に帰っておりまする。」


秀吉「元春、悔しがっておるであろう。いずれ、わしの前に平伏させてやる。のう官兵衛!」


官兵衛「…はい。」


秀吉「この後は織田家中の覇権争いが起きる。必ずわしの手に入れる!」





元春は日野山城で、わし、経言(つねのぶ、後の広家)を相手に槍の稽古をしていた。




カンッカンッ、


元春「経言!もっと打ってまいれ!!」


経言「はい!!」


経言はさらに強く打っていったが、


ガチッ!!


経言は持っていた槍を弾かれた。


元春は経言の喉元に槍を突きつけた。


元春「…経言、気の迷いがあるぞ!!」


経言「くっ、」



元春は槍を収めた。そして元春は縁側に座った。


元春「何を思っていた?」


経言「…それは…」


元春「上方のことであろう。」


経言はドキリとした。


経言「お見通しにございます。」


元春「我らは何も心配することなぞない。それより、今は戦がいつ起きるとも限らぬ。武芸を磨いておかねばならぬぞ。」




元春は武芸を磨く日々を送っていたが、密かに上方の情勢は忍びの弥助(やすけ)から入っていたのだ。



秀吉は織田家の跡目相続の会議、清洲会議(きよすかいぎ)で信長の孫、三法師(さんぽうし)を担ぎ、その後見人になることで勝利したのである。



コアラ織田家の跡目は三法師くん。三法師くんは幼少だから実質、秀吉さんが実権を握ったことになったね




清洲会議により、秀吉に織田家の実権を握られ、悔しい思いをしたのが織田家の重臣である柴田勝家(しばたかついえ)である。


柴田勝家



勝家「猿め!この後はやつと争うことになる…許さん。」



この勝家に近くものがいた。


それは足利義昭(あしかがよしあき)である…




つづく…



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