猛将親父 〜第125話 動かぬ代償〜 | 歴史を感じよう

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日本史について感じたこと、調べたことを連載形式で書いていきます。また、神社やお寺、史跡巡りしたこと、プロレスについても書いていきます。わが愛犬てんのことも語っていきます。そして…「オイラ、えいたろうの相棒のコアラだよ。是非読んでね。」

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目次




天下を競望せず…

わしは吉川元春(きっかわもとはる)の三男、広家(ひろいえ)です。



毛利(もうり)動かず!!

毛利が東上せず、さらには毛利水軍が木津川口織田(おだ)方の九鬼水軍(くきすいぐん)に敗北したことは毛利に期待を寄せていたものは愕然としたのだ。

コアラ九鬼水軍は鉄板を貼った鉄甲船で火矢や焙烙を使う毛利水軍に対抗したんだよね


摂津の有岡城(ありおかじょう)に籠城する荒木村重(あらきむらしげ)、播磨の三木城(みきじょう)に籠城する別所長治(べっしょながはる)、石山本願寺(いしやまほんがんじ)、そして鞆の浦に居る足利義昭(あしかがよしあき)…皆、声を揃えて、

「なぜ動かぬ⁉︎今が絶好の機会ぞ!!」

足利義昭




元春は自らの居城日野山城(ひのやまじょう)にいた。


わし(広家、この時点では名は経言[つねのぶ])は元春と剣術の稽古をしていた。




ガンッ!バシッ!


経言「うわっ!!」


わしは木刀を弾き飛ばされ、地面に叩き倒れた。


元春「経言!!もう終わりか⁉︎」


わしは木刀を拾い、立ち上がり、


経言「まだまだ!!」


元春「よし!かかってまいれ!!」



そこへ忍びの弥助(やすけ)が現れた。


元春は弥助の気を感じ、


元春「経言、今日はここまでだ。」


経言「父上、まだできまする!!」


元春「弥助と話がある。下がって休め。精進するのだぞ。」



その時、わしら弥助が来ているのを気づいた。





元春「宇喜多直家(うきたなおいえ)の動きはどうだ?」


弥助「東美作の後藤勝基(ごとうかつもと)を討伐してました。後藤が織田に通じていると討伐したようです。」


元春「後藤が?それは直家の虚偽であろう。」


弥助「はい、直家は美作を欲しています。さらに直家の元に織田方の忍びが出入りしております。」


元春「やはりか…弥助、直家の監視を怠るな。」


弥助「かしこまりました。」




元春の心配は当たったのだ。


天正7年(1579年)6月、直家の居城、石山城(いしやまじょう)で織田方の忍びと会っていた。


直家「…ほう、信長(のぶなが)公はわしに備前、美作をくれると…この約定、直家嬉しく思う。これより宇喜多は織田方に内応しよう。」


忍び「では、信長様にそのようにお伝え申す。」



宇喜多直家



直家は織田方の忍びがいなくなった後、


直家「動かぬ毛利では話にならぬ。播磨を我がものにすることもできぬ。ここは信長の力を借りるとしよう…元春、悪く思うな…ワハハハッ!!」



直家は毛利を離反したのだ。


離反はこれだけでなかった。同年9月には伯耆の南条元続(なんじょうもとつぐ)までが織田方に付いたのだ…





つづく…



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