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※画像はお借りしました
「なんだ、あの船は⁉︎」
毛利水軍に属する村上水軍(むらかみすいぐん)の将、村上武吉(むらかみたけよし)は織田(おだ)方の船を見て驚いていた。
その船は安宅船(あたけぶね)に鉄板を貼った鉄甲船(てっこうせん)だったのだ。
武吉「鉄の船…知らんけど…かかれ!!」
毛利水軍は火矢を放ち焙烙玉を投げたが、鉄甲船には通じず…
織田方の水軍を指揮する九鬼水軍(くきすいぐん)の九鬼嘉隆(くきよしたか)は、
嘉隆「この鉄甲船にそんなものは通用せん!!討て!!」
ドーンッ!!
鉄甲船から大砲が一斉に放たれ、毛利水軍の旗船に命中、破壊されたのだ。
武吉「いっ、いかん!退け、退くのだ!!」
武吉はこれ以上の攻撃は不利とみて、毛利水軍は敗走したのだ。
これにより毛利は本願寺(ほんがんじ)に兵糧を運ぶことができなくなったのだ。
毛利水軍の敗走に毛利輝元(もうりてるもと)は衝撃を受けていた。
輝元「水軍が負けるとは…信長(のぶなが)と言う男は…しかし、別所長治(べっしょながはる)、荒木村重(あらきむらしげ)が籠城しておる。この状況に甲斐の武田(たけだ)が徳川(とくがわ)を攻め、上杉(うえすぎ)が上洛し、わしが再び東上すれば、勝てる!!」
「なりませぬ!!」
小早川隆景(こばやかわたかかげ)が大声を出した。
隆景「殿(輝元のこと)、何度も申したではないですか!!我ら毛利は動きませぬ!」
輝元「あちこちに謀反が起きてる状況の中、武田、上杉が動けば織田もひとたまりもあるまい。」
隆景「武田はかつての武田ではごさいませぬ。織田、徳川と戦う勢いはありませぬ。上杉は謙信(けんしん)公が亡くなり代替わりで跡目争いの後、上洛なぞてきませぬ。」
上杉謙信
謙信さんは天正6年3月に急死したんだよ
輝元「我らだけでも東上すれば織田に大打撃を与えられるぞ。」
隆景「殿…義昭(よしあき)公から副将軍の称号を頂いて毛利が天下を取ったとお思いか?」
輝元「なっ、何を…?」
隆景「すでに足利幕府(あしかがばくふ)に力はありませぬ。副将軍の称号なぞ意味ありませぬ。それに九州の大名にも織田の誘いが伸びております。」
輝元「なんと!」
九州の大友(おおとも)は織田方につき、さらに天正7年(1579年)1月には毛利方であった豊前松山城(ぶぜんまつやまじょう)の杉重良(すぎしげよし)が大友に寝返ったのだ。
毛利は杉を討ち取ったが、毛利は別所や荒木の期待に反して動くことはなかった…
つづく…
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