しかし、吉原功さんはオーナーの座を退き、広島の乳業会社の岩田弘氏が新たなオーナー、さらにTBSがバックアップすることになった。
そして国際プロレスを離脱したヒロマツダに変わり、新たな外人レスラーのブッカーとしてグレート東郷が迎えられた。
東郷はかつて力道山時代の日本プロレスのブッカーをしていたが、力道山亡き後、日本プロレスとブッキング料でトラブルとなり解任されていたのだ。
日本プロレスは「日本マットと2度と関わらない」と約束で手切れ金まで渡していた。
東郷の国際プロレスのブッカー就任に日本プロレスの幹部は激怒。事件が起きますが…これは後ほど。
東郷襲撃事件かな
1967年11月7日、TBSは全国中継開始の記者会見が開かれ、「来年1月から放送開始」と発表された。
放送時間帯は水曜日19時から19時55分のゴールデンタイム。
さらにエースとしてグレート草津とサンダー杉山を任命したのだ。
ここでTBSは「TBSが秒単位でスターを作ってみせる」と言い切った。
後列の左が草津さん、前列の右から2番目が杉山さんだね
この席に吉原さんはいなかった。岩田氏やTBSに蚊帳の外に追いやられたと思われたが、国際プロレスが赤字続きで多重債務に追われて公の場に出れなかったのだ。
同年12月22日には更にTBSは記者会見を行ない、放送する番組名及び団体名をTBSプロレスとすると発表したのだ。
国際プロレスの名前…消えちゃった
ところでエースに任命されたグレート草津だが…とんでもないレスラーだったのだ。
つづく
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