猛将親父 〜第92話 義久の思い〜 | 歴史を感じよう

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日本史について感じたこと、調べたことを連載形式で書いていきます。また、神社やお寺、史跡巡りしたこと、プロレスについても書いていきます。わが愛犬てんのことも語っていきます。そして…「オイラ、えいたろうの相棒のコアラだよ。是非読んでね。」

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目次




天下を競望せず…

わしは吉川元春(きっかわもとはる)の三男、広家(ひろいえ)です。



永禄12年(1569年)12月、大内輝弘(おおうちてるひろ)を討った元春らは長府の毛利元就(もうりもとなり)の陣に戻った。

元春は輝弘の首が埋められた塚に手を合わせた。



コアラ輝弘さんの首塚は豊後塚(ぶんごづか)って言って山口県下関市長府にあったらしいんだ



そこへ毛利輝元(もうりてるもと)、小早川隆景(こばやかわたかかげ)がやって来た。


毛利輝元


隆景「輝弘は大友宗麟(おおともそうりん)が我らを九州から追い出すために利用されたに過ぎなかった…。」


輝元「…哀れなり」


元春「我ら、これより出雲へ向かう。」


隆景「兄上、父上(元就のこと)は吉田郡山城(よしだこおりやまじょう)で待機して頂こうと思います。」


輝元「お祖父様(元就のこと)は出雲に行かぬのですか?」


元春「輝元殿、これよりの戦はお祖父様の身体にはかなり負担となる。ここは輝元殿を総大将に隆景とわしで立派に戦をして見せましょう。」


隆景「輝元殿、出雲から尼子(あまこ)の残党を追い出してお祖父様を安心させましょう。」


輝元「うむ、郡山城を通って、すぐ出雲へ出陣だ!!」






その頃、安芸国の安芸円明寺



そこは尼子義久(あまこよしひさ)が幽閉されている場所であった。


月の綺麗な夜のこと…


「火事だ!!」

「なんだ⁉︎なんだ⁉︎」



円明寺の一角で煙が上がっていた。


幽閉されている義久は狭い窓から外を見ていた。


義久「火事?煙が出ているな……ん!誰だ、そこにいるのは?」



窓の外に黒い影が現れた。




「義久様…私です。三郎(さぶろう)です。」


義久は窓から三郎の姿を確認した。


義久「三郎…尼子に仕えていた忍びだな。」


三郎「山中鹿介(やまなかしかのすけ)様から義久様を助けるようにと命じられました。鹿介様は尼子再興軍を率いて出雲を制圧しつつあります。もうじき月山富田城(がっさんとだじょう)奪還いたします。鹿介様は義久様を月山富田城にお迎えしたいと申しておりまする。」


義久「…尼子再興…三郎、わしは行かぬ。」


三郎「なんと?なんと申しました?」


義久「わしは行かぬ。再興など以ての外だ。鹿介に伝えよ、これ以上、争いをしてどうなる?わしは先の月山富田城の合戦で家臣を民を苦しめた。あのような思いは2度としたくない。」


三郎「されど尼子の名の元、旧家臣たちは集まっておりまする。」


義久「月山富田城での苦しみを皆忘れたのか?わしは忘れぬ…三郎、もはや尼子は終わったのだ。わしから鹿介らに命ずる。解散せよ!!」



三郎は唖然としていた。


そこへ義久を監視している毛利の兵が向かっていた。


「そこにいるのは誰だ⁉︎」


三郎は姿を消した。


三郎『……尼子は終わったのか…』






永禄13年(1570年)1月6日、毛利軍本隊は吉田郡山城に帰還し、輝元、元春、隆景らは休む間もなく、出雲に向かって出陣した。


その兵の数は26,000の大軍であった…




つづく…





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