国際プロレスは1967年7月27日から開始の旗揚げシリーズ第2弾を発表した。
豊登さんが参加したんだよね
アメリカでは旗揚げシリーズに参加したフロリダマットのエディグラハムが国際プロレスのNWAに加盟申請を行なっていた。
旗揚げシリーズもNWA会員でない国際プロレスでNWAの名のつくタイトルマッチが行なわれたのはグラハムとヒロマツダの尽力であった。
エディグラハムは国際プロレスを乗っ取って吉原功さんを追放し、フロリダマットの日本支部にしようと計画していたのだ。
ヒロマツダはグラハムから派遣されたにすぎなかった。ヒロマツダにとって吉原さんは日本マットに復帰できた恩人なれど、力道山の作った日本マットの在り方を変えたかったのだ。
このことを吉原さんが知っていたかどうかはわからないんだ
ところでこの旗揚げシリーズ第2弾パイオニアサマーシリーズのポスターに目を引くレスラーがいた。
それは、
覆面太郎
ポスターにはリングネーム募集中としています。当時は国際プロレスの秘密兵器とされていました。
デビューは7月27日の大磯武戦でした。
覆面太郎って日本人だよね?
正体は国際プロレスに入団した小林省三…後のストロング小林である。
このシリーズの8月14日に大阪府立体育館で開催の予定でしたが、これに日本プロレスが対抗して、同日に興行開催を打ってきたのです…
つづく
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