猛将親父 〜第72話 包囲網の中で〜 | 歴史を感じよう

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日本史について感じたこと、調べたことを連載形式で書いていきます。また、神社やお寺、史跡巡りしたこと、プロレスについても書いていきます。わが愛犬てんのことも語っていきます。そして…「オイラ、えいたろうの相棒のコアラだよ。是非読んでね。」

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目次




天下を競望せず…

わしは吉川元春(きっかわもとはる)の三男、広家(ひろいえ)です。



永禄8年(1565年)9月、毛利(もうり)軍は再び尼子(あまこ)の月山富田城(がっさんとだじょう)を包囲した。


コアラ前回包囲した時は尼子軍の激しい抵抗で一旦撤退したんだよ



月山富田城内では尼子義久(あまこよしひさ)と家臣の宇山久兼(うやまひさかね)は焦りを見せていた。


義久「またしても城を包囲してくるとは…久兼、どうすればよい?」


久兼「月山富田城は難攻不落。いくら攻めようが落ちはしませぬ!」


義久「それは何回も聞いたぞ!!毛利軍を追い返しても、我らには援軍の宛てはあるのか⁉︎」


久兼「そっ、それは…」



そこへ家臣の山中鹿介(やまなかしかのすけ)が入ってきた。


山中鹿介


鹿介「殿、毛利軍は包囲したまま動こうとはしませぬ。この戦、長くなっては我らが不利となります。」


義久「毛利はなぜ動かぬのか?」


鹿介「兵糧が尽きるのを待っているのでしょう。」


久兼「兵糧攻めか!ほとんどの補給路を遮断…こうなれば補給路を見つけねば…」


鹿介「ここは再び九州の大友(おおとも)に決起を促しましょう!それと毛利元就(もうりもとなり)は高齢、戦が長引けば、いずれ倒れ、死に至るはず。我らは負けぬよう戦するしかありませぬ。」


義久「気長に待つしかないのか…久兼、兵糧を調達するのだ!」



久兼は兵糧を調達すべく動き出した。





一方の毛利軍も長い戦で飽きるものも出ていた。



元春の陣で元春はようやく太平記の書写を完成させていた。



元春の元に配下の益田藤兼(ますだふじかね)が家臣の品川大膳(しながわだいぜん)を連れてやってきた。



益田藤兼


藤兼「殿、包囲しているだけでは兵の士気が下がります。」


元春「うむ。されど包囲は大殿の命である。此度はじっくりと攻めねばならぬのだ。」


元就は以前、大内(おおうち)配下として月山富田城を攻めた時、他の大内配下の武将の裏切りがあり、命からがら敗走した経験があり、今回は最初からじっくりと尼子を攻めていた。


藤兼「それはわかっております。しかし兵の士気を上げるために我が家臣の大膳が尼子の武将と一騎討ちをします。」


元春「一騎討ち?大膳、尼子の武将とは誰か?」


大膳「山中鹿介にございます。」


元春「鹿介…わしは奴と槍を交えたことがある。…強いぞ。」


コアラ鹿介さんは伯耆国での毛利方の軍勢にも勝ったことがあるんだよね。武勇にすぐれているんだね



大膳「強いからこそ勝ちたいのです。鹿介に勝つために我が名を棫木狼之介(たらぎおおかみのすけ)をします。」


元春「狼之介…狼が鹿を討つのか?」


藤兼「殿、何とぞ一騎討ちのお許しを!」


元春「よし、一騎討ちなら許す。狼之介!思い存分戦うがよい!」




狼之介は月山富田城下で鹿介に一騎討ちを申し込んだ。


鹿介「一騎討ちとは…面白い。」



鹿介はこの申し込みを承諾したのだ…




つづく…





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