猛将親父 〜第69話 輝元参陣〜 | 歴史を感じよう

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日本史について感じたこと、調べたことを連載形式で書いていきます。また、神社やお寺、史跡巡りしたこと、プロレスについても書いていきます。わが愛犬てんのことも語っていきます。そして…「オイラ、えいたろうの相棒のコアラだよ。是非読んでね。」

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目次




天下を競望せず…

わしは吉川元春(きっかわもとはる)の三男、広家(ひろいえ)です。



毛利(もうり)軍は尼子(あまこ)の月山富田城(がっさんとだじょう)の補給路遮断を進め、追い詰めていた。


永禄8年(1565年)2月16日、毛利の本城、吉田郡山城(よしだこおりやまじょう)で亡き隆元(たかもと)の長男、幸鶴丸(こうつるまる)が13歳で元服したのだ。

室町幕府の将軍足利義輝(あしかがよしてる)から輝」の字の偏諱を受けて輝元(てるもと)と名乗った。

毛利輝元


コアラ出たね〜輝元さん、後の関ヶ原の戦いの西軍の大将に担ぎ上げられたんだよね



過去の毛利家の当主は大内家より偏諱を受けることが多かったが(弘元、興元、隆元…)、大内を滅ぼし尼子をしのぐ中国地方の大名になりつつある毛利家は将軍から偏諱を受けるほど家格が大きくなったのだ。



輝元と元春の長男、吉川元資(きっかわもとすけ)が尼子を攻める元就(もとなり)の毛利本陣、洗合城(あらわいじょう)に来た。



元就「2人とも、よく来た。此度の合戦は2人の初陣だ。期待しておるぞ。」


輝元、元資「はい!」


元就「輝元、そなたは今後、毛利の当主となる身。わしを安心させて隠居できるように学ぶのだぞ。」


輝元「…お祖父様、私はまだ13歳。亡き父は当主になってもお祖父様の後見を受けていました。お祖父様の隠居は私を見捨てるのですか…」


元就「それは違うぞ、輝元。亡き隆元は立派な当主であった。それはそなたの2人の叔父、元春、隆景(たかかげ)に聞いてみよ。」


小早川隆景


隆景「輝元、そなたの父は内政に置いて力を発揮しておったのだぞ。」


元春「そうだぞ、そなたの父亡き後、毛利は4,000石ほど収入が減っておるのだ。我々が安心して己の家のことを考えていけたのは全て、そなたの父のおかげなのだ。」


コアラ隆元さんは内政、財務能力に長けており毛利家の縁の下の力持ち的存在だったんだよ



元就「輝元、そなたを見捨てることなどせぬ。それに2人の叔父がそなたを支えるのだ。それが毛利両川体制なのだ。」


輝元「はい、父上に負けぬよう精進します。」




元春は石見の本城常光(ほうじょうつねみつ)謀殺で元就に対して疑念を生じていた。


しかし、数日前に晴らしていた意見を述べたものがいた。




元春は元就に対し「大事なことは言ってくれねば困る!父上はわしを信じておられないのか⁉︎」と怒鳴った後、自らの陣、新山城(しんざんじょう)に戻った。

新山城跡


そこへ元春の義父、熊谷信直(くまがやのぶなお)と隆景がやって来た。



信直「元春殿、いささか疲れたか?」


元春「これは義父上…我慢ならず大きな声を上げてしまいました。」


信直「なぁ元春殿、この戦国の世、裏切り裏切られて明日をもわからぬ。その中を大殿(元就のこと)は生き延び、毛利家をここまでにした…その中で酷いこと、嫌なこと、様々なことを見てきたのだ。」


元春「…それはわかっておる。」


信直「元春殿と隆景殿には姉がしん殿の他にもう1人いた。その子は高橋家に嫁いだが…毛利と高橋が揉めた時に殺されたのだ。まだ幼かった…その悲しみは深いのだ。」


隆景「父上が高橋家を滅ぼしたのは、その悲しみがあったからか…」


信直「常光は高橋家の一族、寝返る恐れはある。大殿は汚いことは元春殿、隆景殿にはさせず、自らが行なっていたのだ。お2人にはそうさせたくないという思いがあるのだろう。」


元春「……」


隆景「兄上、父上は既に高齢。我ら兄弟は亡き隆元兄上の後の毛利を支えていかねばなりませぬ。そのために我らは他家に行ったのだから。」



元春は大きく背伸びをした。


元春「……わかり申した!しかし、これからは我らが汚いこともやっていかねばならぬ。いつまでも父上を頼るわけにはいかぬからな。」


信直「さすが元春殿だ。」





永禄8年(1565年)春頃には月山富田城への補給路遮断は出来上がった。




月山富田城跡



いよいよ月山富田城への総攻撃が始まった…






つづく…





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