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天下を競望せず…
わしは吉川元春(きっかわもとはる)の三男、広家(ひろいえ)です。
膠着状態となったいる白鹿城(しらがじょう)の戦い。
元就(もとなり)は1日両日で白鹿城を攻略できると思っていた。
尼子(あまこ)方も必死なんだよね
元春は石見銀山から銀掘り衆を数百人呼び、白鹿城の麓から城中への坑道を掘り進めていた。
ところがこれを察したものが白鹿城内の松田誠保(まつだまさやす)に伝えたのだ。
誠保「穴を掘って城内に入ってこようとは、もぐらのごとき毛利め…よし!こちらも同じ手を使うぞ!…ところで三郎(さぶろう)、援軍はまだか?」
三郎「義久(よしひさ)様の御弟、倫久(ともひさ)様を大将に現在、待機しておりまする。」
誠保「すぐ来れたしと殿に伝えよ!毛利は隆元(たかもと)が死に陣中は穏やかではない。今が絶好の機会だ…隆元を殺したそなたなら殿も動こう。」
三郎「…では…」
三郎は白鹿城を出立した。
城内へ通じる坑道を掘っていた毛利方は、
「ん?穴が開いた!!」
「城内に通じたのか?」
なんと、尼子方も坑道を掘っており、鉢合わせをしたのだ。
ここで坑道による合戦が始まったのだ。
坑道での合戦は両軍激しく戦うも決着はつかず、再び膠着状態となった。
永禄6年(1563年)9月21日、尼子倫久率いる尼子方の援軍が白鹿城の麓に布陣してきた。
これを予想していた元春はすでに麓に陣を敷いていたのだ。
ここに白鹿城麓で合戦が始まったのだ。
元春「穴の中より動きやすいであろう!押し返せ!!」
倫久率いる尼子軍は毛利軍に敗れ月山富田城(がっさんとだじょう)に撤退した。
この合戦により、白鹿城の落城は時間の問題となった。
11月中旬、白鹿城内は毛利軍の包囲により、食糧、水が欠乏し、救援も絶望的となった。
城主の誠保は…
誠保「もはや、これまでか…毛利め!!」
ついに白鹿城に籠る尼子軍は城を明け渡し、毛利軍に降伏したのである。
しかし、誠保は逃亡したのだ…
つづく…
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