猛将親父 〜第58話 去る命、新たな命〜 | 歴史を感じよう

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日本史について感じたこと、調べたことを連載形式で書いていきます。また、神社やお寺、史跡巡りしたこと、プロレスについても書いていきます。わが愛犬てんのことも語っていきます。そして…「オイラ、えいたろうの相棒のコアラだよ。是非読んでね。」

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目次




天下を競望せず…

わしは吉川元春(きっかわもとはる)の三男、広家(ひろいえ)です。


永禄4年(1561年)1月7日、吉田郡山城(よしだこおりやまじょう)で元服式が行われた。


元服したのは元春の長男、鶴寿丸(つるじゅまる)。


毛利隆元(もうりたかもと)の加冠により元服し、吉川元資(きっかわもとすけ)と名乗った。


コアラ元資さんは後に元長(もとなが)って改名するんだよね





元春も(ゆう)も目を細めて喜んだ。


隆元「元春、吉川家に立派な後継ぎができたな。」


優「吉川ならず毛利の若武者にございます。」


隆元「おぉ、そうであるな。」


元春「兄上、九州の大友はまだ門司城(もじじょう)を諦めてないようですな。」


門司城跡


隆元「うむ、しかし我らが勝利しようぞ。元春も尼子(あまこ)の抑え、頼むぞ。」




それから4日後、元春、優、元資は日野山城(ひのやまじょう)に帰っていた。


そこへ忍びの弥太郎(やたろう)から驚くべき報せが入った。


元春「弥太郎…今、何と申した?」


弥太郎「一昨日のこと…尼子晴久(あまこはるひさ)が月山富田城(がっさんとだじょう)で急死しました。」




尼子晴久


元春「……晴久が…死因は何だ?」


弥太郎「しかとはわかりませぬが…病死と噂が流れています。」


元春「病死??昨年、月山富田城で相対した時は変わったところはなかったが……。」


弥太郎「今、月山富田城は厳重に守られていて忍び込む隙がありませぬ。何か異常事態を感じられます。」


元春「弥太郎、引き継ぎ月山富田城を見張るのじゃ。何か起こっているしか思えぬ。頼むぞ。」


弥太郎「はっ!」



晴久の急死の報せは元就にも届いた。


元就「晴久…わしより若いのに…今一度、旗本同士で戦いたかった…。」





その年、元就は門司城での戦いに勝利し、九州に支配を伸ばした。


そして、敗走した大友義鎮(おおともよししげ)は出家し宗麟(そうりん)と号した。


大友宗麟像




同年11月1日、優は男子を産んだ。


才寿丸(さいじゅまる)と名付けられた子…これが私、吉川広家である…





つづく…




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