猛将親父 〜第49話 大きくなった毛利〜 | 歴史を感じよう

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日本史について感じたこと、調べたことを連載形式で書いていきます。また、神社やお寺、史跡巡りしたこと、プロレスについても書いていきます。わが愛犬てんのことも語っていきます。そして…「オイラ、えいたろうの相棒のコアラだよ。是非読んでね。」

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目次





天下を競望せず…


わしは吉川元春(きっかわもとはる)の三男、広家(ひろいえ)です。




弘治2年(1556年)初冬になり、元春は自らの居城、日野山城(ひのやまじょう)に帰ってきた。



元春は城に入るや否や、出迎えた妻の(ゆう)に、

元春「優!でかしたぞ!」

優「殿、まずは…お帰りなさいませ。」


優は赤子を抱いていた。その赤子を元春は受け取り、

元春「おぉ、この子が我が子か…」



優「はい、元気な男子にございます。」


この赤子は幼名を宮松丸(みやまつまる)、後の元棟(もとむね)である。

コアラ元棟さんは後に他家に養子にいくんだよ



元春「優、身体は大事ないか?」

優「はい、産後も丈夫にございます。殿、ところで…弥太郎(やたろう)が尼子(あまこ)方に与していたと…」

元春「うむ、まさかとは思ったが…尼子に与していることを隠して我らに近づいてきたのだ。」

優「……私は弥太郎に何かあったとかしか思えませぬ。」

元春「何かとは?」

優「弥太郎は私が助けた頃、家族思いの優しい子でした。確か妹がいました。」

元春「弥太郎のことは世鬼政時(せきまさとき)が調べておるが…妹か…そのことも政時に知らせておこう。」


コアラ石見銀山での忍原での戦いで元春さんら毛利方は尼子方に負けたんだよね。弥太郎に尼子の兵に数を嘘つかれたんだよね




元春は石見銀山のことは諦めず攻略のため、たびたび兵を送っていたが、尼子方に追い返されていた。





弘治3年(1557年)4月3日、周防長門を攻めいた毛利元就(もうりもとなり)は大内義長(おおうちよしなが)の自害でようやく蹴りをつけた。


大内氏、陶氏(すえし)を滅ぼし、元就は防長経略を完了させ、広大な領地を手に入れることになった。


コアラ大内氏の領地を得たことで九州の大友氏(おおともし)と対立することになったんだよ




元就は4月23日に吉田郡山城(よしだこおりやまじょう)に凱旋した。



元就「厳島、周防、長門…長い戦いであった。ようやく郡山城に帰ってこれた。ここらがわしも退き際だな…」




元就は吉田郡山城に帰り、しはらくして元春、小早川隆景(こばやかわたかかげ)や家中の主な家臣を集めた。




元就は集まった一同を見回し、


元就「我が毛利は長い戦いの末、広大な領地を得た。…わしは、もはや60…本格的に隠居し、毛利の家督は隆元(たかもと)に譲る!」



元春も隆景も驚いたが、1番驚いたのは隆元であった。


元就「よいな、隆元。」

隆元「……ならば、私も隠居します。毛利の家督は我が子、幸鶴丸(こうつるまる)に譲ります!」



一同は騒ついた…。






つづく…






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