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天下を競望せず…
わしは吉川元春(きっかわもとはる)の三男、広家(ひろいえ)です。
「船を出せ〜!出航じゃ〜!」
嵐の中、元春の声が響いた。
天文24年(1555年)9月30日酉の刻(18時)、毛利(もうり)軍は厳島(いつくしま)に向けて出航したのだ。
毛利元就(もうりもとなり)、隆元(たかもと)、元春らの第一陣は敵に悟られないよう元就の船のみ篝火をつけ、厳島を東に回り、包ヶ浦の浜辺に上陸した。
元春「ふぅ、何とか渡れたの〜」
隆元「元春、これからが本番ぞ…ん⁉︎ 父上、我らを乗せた船が帰っていきますが…」
元就「船は返した。我らが帰るには敵を倒す以外ないのだ!」
元春「望むところ!」
一方、小早川隆景(こばやかわたかかげ)率いる第二陣の船団は瀬戸内海を西に進み、大きく迂回して厳島神社(いつくしまじんじゃ)の大鳥居、敵の正面から厳島に近づいた。
そして、
隆景「我らは九州から来た!陶(すえ)殿の援軍ぞ!」
陶の家臣は暗闇で相手を見ることも出来ず、隆景の言葉を信じた。
隆景の第二陣は港に入り、見事上陸、敵中で陣を置いたのだ。
そして第三陣の村上水軍(むらかみすいぐん)は沖合で船を留め、開戦を待った。
能島村上氏(のしまむらかみし)の将、村上武吉(むらかみたけよし)は、
武吉「こんな機会は滅多にない。毛利の戦ぶりを見せてもらうぞ。」
武吉は、この後、毛利軍とともに戦国の世に活躍するのだ。
毛利第一陣は、元春の吉川隊を先頭に博奕尾(ばくちお)の山越えをするべく山道を進軍した。
陶晴賢(すえはるかた)や弘中隆包(ひろなかたかかね)らは明日の宮尾城(みやおじょう)攻めに備えて体を休めていた。
晴賢「明日は宮尾城の落城だ。これで厳島は我らの手中に入る。」
隆包「先ほどの嵐で、村上水軍を味方に付けたとはいえ、毛利も島には渡ることはできませぬ。」
晴賢「明日、毛利が来たら返り討ちにしてくれよう。」
その頃、
元春「よし、博奕尾に着いた。」
毛利第一陣は陶軍の背後に陣を置いたのだ。
10月1日、卯の刻(6時)…
元就「出陣じゃ!」
毛利の決戦が始まった!!
つづく…
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