猛将親父 〜第29話 陶の密書〜 | 歴史を感じよう

歴史を感じよう

日本史について感じたこと、調べたことを連載形式で書いていきます。また、神社やお寺、史跡巡りしたこと、プロレスについても書いていきます。わが愛犬てんのことも語っていきます。そして…「オイラ、えいたろうの相棒のコアラだよ。是非読んでね。」

前回まではこちら⬇️

目次





天下を競望せず…


わしは吉川元春(きっかわもとはる)の三男、広家(ひろいえ)です。




天文19年(1550年)夏も終わりになった頃…


元春は新たな居城、日野山城(ひのやまじょう)の整備拡張を行っていた。

日野山


日野山にはそれまで小さな城はあったが、元春はそこに住みながら整備拡張していたのである。

コアラ日野山城は元春さんを含め、3代かかって城塞化したんだよ



元春の元へ毛利元就(もうりもとなり)の忍び、世鬼政時(せきまさとき)がやって来た。


元春「政時が来るとは、急ぎの用事か?」

政時「はい。まずはこちらをご覧ください。」


政時は1通の書状を渡した。



元春「これは…陶隆房(すえたかふさ)殿からの密書ではないか…」


大内義隆(おおうちよしたか)の重臣、陶隆房からの書状だったのである。


そこには内藤興盛(ないとうおきもり)、杉重矩(すぎしげのり)と相談し、大内義隆様を廃する。そして義隆様の子、義尊(よしたか)様を跡目にする。」と書かれおり、協力を求めていた。



元春「陶殿…これは謀反の誘いか…」

政時「大殿(元就のこと)と隆元(たかもと)様にも同様の密書が来ております。大殿は元春様にすぐ吉田郡山城(よしだこおりやまじょう)に登城せよと申しております。」

元春「うむ、すぐ行こう。」



吉田郡山城跡



郡山城には元就、隆元、そして毛利家の重臣が集まっていた。


元就「元春、密書は読んだな。」

元春「はい、この密書はわしと父上、兄上宛ですか?」

隆元「うむ、2通だけだが、陶殿の意向は安芸の国人衆にも伝わっているであろう。」

元春「大内家は武断派の陶殿と文治派の相良武任(さがらたけとう)と2つに割れていると感じていましたが…陶殿が義隆様を廃すると戯れ言を漏らしていましたが…」

隆元「本音だったのであろう。」

元就「今は返事は致さぬ。決定的な動きを見るまでは様子を見よう。」

元春「このゴタゴタに尼子(あまこ)が動くこともありえます。わしは尼子に備えておきます。」

元就「うむ、頼むぞ。」





山口では隆房が謀反を起こす、義隆、武任を幽閉すると様々な噂が流れていた。


11月には隆房は自らの居城、若山城(わかやまじょう)に病と称して引き篭もり、山口には出仕しなくなった。


若山城跡




元就は大内家の様子を見て、隆房に協力する姿勢を取っていた。


元春は、

『兵の数から言っても陶殿のほうが多いであろう。義隆様は陶殿だけでなく、民からも見放されている。』



コアラ義隆さんは政務から遠ざかって京からお公家さんが下向して芸や茶会を開いて、多額のお金を使っていたんだ。その負担が国人衆や民の増税に繋がり、民が苦しむ結果になったんだよ




天文20年(1551年)8月、ついに事態は動いた。

隆房が挙兵したのである…。





つづく…






にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ
にほんブログ村
コアラ宜しければバナー⬆️をクリックしてね