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天下を競望せず…
わしは吉川元春(きっかわもとはる)の三男、広家(ひろいえ)です。
「戦の相手は御館様だ。」
元春は陶隆房(すえたかふさ)の言葉に驚愕した。
御館様とは大内義隆(おおうちよしたか)のことである。
元春「…陶殿、それは誠の意思か?」
隆房「……ふっ、はははははっ!戯れ言、戯れ言だ。すまぬすまぬ。」
隆房は高笑いした。
元春「…ふっ、はははは!戯れ言とは陶殿も御人が悪い。」
隆房「すまぬ…わしは大内家の重臣。大内の先陣はわしだからな。」
しかし、元春は戯れ言とは思えなかった。それは隆房からの殺気を感じていたからだ。
その後、毛利元就(もうりもとなり)が病となり、看病のため、元春らは山口に3ヶ月も滞在することになった。
この時、元就を懸命に看病したのは家臣の井上光俊(いのうえみつとし)である。
話は天文19年(1550年)に戻る
元春は家臣の福原元正(ふくはらもとまさ)と小倉山城(おぐらやまじょう)で話をしていた。
元正「では殿(元春のこと)は陶殿が義隆様に謀反を起こすと見ているのですか?」
元春「…その可能性はある。義隆様は月山富田城攻めでの負けで戦嫌いになっておる。それで武断派の陶殿をお側から遠ざけておる。陶殿は戦嫌いの御館様の大内家に危機を感じているのであろう。」
元正「戦が起きるのは近いのでございますか?」
元春「わからぬ…しかし、我らは備えねばならぬ。この城に入城したばかりだが、新たな城を築きたい。」
元正「どこに築きますか?」
元春「場所は決めてある。日野山だ。」
元春は日野山にあった砦を改築し、城を新たに築き出したのだ。
同じ年に元就は沼田小早川家(ぬたこばやかわけ)の当主、繁平(しげひら)を隠居、出家させ、自らの子で竹原小早川家を継いでいた隆景(たかかげ)を沼田小早川家の家督に就かせた。
隆景は繁平の妹、さやを娶ったのである。
これで毛利家は山の吉川、海の小早川と2つの力を得たのである。
そして元就は家中に手をかけたのである…
つづく…
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