NETがアントニオ猪木さんを番組のエースとして始まった「NETワールドプロレスリング」。
1969年7月から始まったんだよね
日本プロレスの人気シリーズ「ワールドリーグ戦」を放送できないNETは、新たな人気シリーズを企画しました。
それが、
NWAタッグリーグ戦
ワールドリーグ戦が春の一大イベントに対し、NWAタッグリーグ戦は秋の一大イベントとして行われました。
馬場さん、猪木さんのBI砲が出場すると優勝するのは明らかということで有力選手と若手のタッグのエントリーとなりました。
実際はNETは日本テレビとの約束で馬場さんの試合は放送できなかったので、BI砲を分けるしかなかったのですね。
結果、リーグ戦はあまり盛り上がらず…優勝はもちろん猪木、星野勘太郎組でした。
翌年の第二回大会は猪木、坂口征二組の優勝でした。
NETが企画したリーグ戦、猪木さんが優勝しなきゃ意味ないですよね。
NETの猪木さん推しは、NWAタッグリーグ戦だけには止まらず、シングルタイトル獲得に動きました。
当時、日本プロレスで1番権威のあったシングルタイトルが馬場さんがもつインターナショナルヘビー級王座。
インターヘビーに対抗するために狙ったタイトルが、
ユナイテッドナショナルヘビー級王座略してUNヘビー級王座。
ここでUN王座が出てきたんだね
1971年3月、猪木さんはアメリカはロサンゼルスで当時、チャンピオンのジョントロスを破り、王座を獲得したのです。
UN王座は1970年に新設され、NWA本部がアメリカ、カナダ、メキシコで通用する王座でした。
日本に持ち帰った猪木さんはUN王座をかけて防衛戦を行いました。
おぉ、ジャックブリスコ戦だね
こうしてNETは猪木さんの格を上げたのです。
そして、1971年のワールドリーグ戦の猪木さんの馬場さんへの挑戦発言に繋がっていくのです。
つづく…
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