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天下を競望せず…
わしは吉川元春(きっかわもとはる)の三男、広家(ひろいえ)です。
天文13年(1544年)11月、毛利元就(もうりもとなり)の三男、徳寿丸(とくじゅまる、後の隆景)は竹原小早川家(たけはらこばやかわけ)に養子に入った。
その後、元就の妻であり、隆元(たかもと)、元春、徳寿丸の母、美し(よし)は病で寝込んでいた。
美しは先の月山富田城の戦い(がっさんとだじょうのたたかい)の最中にも吉田郡山城(よしだこおりやまじょう)内で病で倒れていたのだ。
元就「美し…心配ばかりかけて…すまない。」
美し「殿、私は武家の娘、毛利元就の妻にございます。こんな状態になった私こそ、申し訳ございません。」
美しは吉川国経(きっかわくにつね)の娘であった。
当時、吉川家は尼子方であり、尼子経久(あまこつねひさ)が毛利を取り込むために美しを元就に嫁がせたのである。
政略結婚ではあったが、元就と美しの夫婦仲はよく子供にも恵まれたのだ。
元就「美しと一緒になって、毛利家の当主となった。しかし、美しの郷とは敵対してしまった。」
美し「よいのです。私はもう毛利家の人間なのですから。」
その時、庭より元春の声が聞こえてきた。
元春「母上!猪を奪ってきましたぞ!」
庭には大きな猪がいました。
元就「元春、これは…」
元春「母上の病には猪の肉がいいと思い、狩ってきました。」
美し「こんな大きな猪、元春、足から血が出てるではありませぬか?」
元春「なんのこれしき!しかし、この猪に槍を一本折られましたが、二本目の槍で仕留めましたぞ。」
元春の足は猪の牙に噛まれたのか、傷だらけだった。
美し「元春…ありがとう。」
美しは元春の気持ちが嬉しかった。
しかし、美しの病は癒えず、天文14年(1544年)11月30日…亡くなったのだ。
後年、元春はわしに祖母・美しのことを「父、元就を支え、わしら兄弟を立派に育てた素晴らしい女性だ」と聞かされた。
元就の落ち込みようは周囲の人が心配するほどだったが…ここから元就は鬼となっていくのであった…
つづく…
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