猛将親父 〜第3話 尼子の若当主〜 | 歴史を感じよう

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日本史について感じたこと、調べたことを連載形式で書いていきます。また、神社やお寺、史跡巡りしたこと、プロレスについても書いていきます。わが愛犬てんのことも語っていきます。そして…「オイラ、えいたろうの相棒のコアラだよ。是非読んでね。」

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目次





天下を競望せず…




わしは吉川元春(きっかわもとはる)の三男、広家(ひろいえ)です。




天文8年(1539年)…


「毛利(もうり)を攻める!

出雲国の月山富田城(がっさんとだじょう)の評定の場で声が響いた。

月山富田城跡


声の主は尼子(あまこ)の当主、尼子詮久(あまこあきひさ)である。

尼子詮久(後の尼子晴久)


コアラ詮久さんは天文6年(1537年)に尼子の当主になったんだよ


詮久「毛利元就(もうりもとなり)は、わしと義兄弟の契りを交わしたにも関わらず、大内(おおうち)に息子を人質に出すとは、尼子を蔑ろにしておる!」



詮久は25歳と若く血気盛んであった。評定の場には先代であり詮久の大叔父・久幸(ひさゆき)、詮久の叔父・国久(くにひさ)らがいた。


久幸「毛利を攻めるには、備後、石見を通らねばなりませぬ。未だ備後、石見の両国を征しておらず深く入り込むには危険ですぞ。」

国久「久幸様、お言葉ですが、尼子には我が新宮党がおりまする。歯向かうものなど蹴散らしてみせまする。」

コアラ新宮党は尼子の精鋭と知られた軍事集団なんだ。それを率いるのが国久さんなんだ。




久幸「敵を侮ってはならぬ!備後、石見の国人衆から人質を取ってから実行すべきです!」


詮久は声を荒げた。

詮久「この臆病野州(おくびょうやしゅう)!毛利ごときにやられる詮久と思っているのか!?」

久幸「先代、経久(つねひさ)様も慎重にせねばと申しておりまする…。」

詮久「尼子の当主は詮久である!毛利攻めは決定だ!」



久幸はもう何も言えなかった。尼子は毛利攻めの準備に入ったのだ。






尼子の毛利攻めの噂は元就にも聞こえることになった。


元就は忍びを放っていたのである。毛利の忍びは世鬼(せき)一族であり、その頭は世鬼政時(せきまさとき)だ。



元就「ついに尼子がくるか…どの道がくるか?」

政時「備後路か石見路…2つの道から来られるでしょう。」

元就「宍戸(ししど)殿にも報せておくのだ。」

政時「はい!では…」





元就は既に尼子が攻めてくるのは、わかっていたようだった。

毛利元就


元就は毛利家中のものを集め評定を開いた。


その評定で次郎(じろう、後の吉川元春)は家中が驚くことを言い放った。


「この戦、わしの初陣に致します!」



つづく…





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