世は争乱…
我は室町幕府、第9代征夷大将軍・足利義尚(あしかがよしひさ)である。
明応5年(1496年)5月20日、我が母・日野富子(ひのとみこ)が亡くなった。
長年、幕府の実力者だった富子が亡くなり、細川政元(ほそかわまさもと)にますます力が集中したのだ。
政元「大御台様(富子のこと)…世はわしが治めます。」
北陸の足利義材(あしかがよしき)の挙兵がされず、政元は修験道に没頭していった。
時には鞍馬山(くらまやま)に入り、修行をしていたのだ。
修行をして、政を放っておくことも多くなり、そのたびに紗奈(さな)が呼びにきていた。
紗奈「殿…館にお戻りください。安富元家(やすとみもといえ)らが探しておりまする。」
政元「……わしがおらねば、できぬのか?」
紗奈「殿が政を治めるのではありませぬか?亡き大御台様に誓ったはず…」
政元「わかっておる…明日には戻る。」
紗奈「ならば、私も明日一緒に戻ります。」
政元「紗奈、先に戻っておれ…それと…これからはわしの夜伽は不要じゃ。」
紗奈「それはなぜにごさいますか?」
政元「修験道では女を近づけてはならぬのじゃ。わしは修験道を極めたい。そなたは忍びとして側近として、これからも働いてもらいたい。」
紗奈「……」
紗奈は一抹の寂しさを感じるとともに、修験道に没頭していく政元に不安も感じていた。
一方、明応7年(1498年)9月、越中国にいた義材はわずかな供回りとともに越前国の朝倉貞景(あさくらさだかげ)の元へ移った。
そして名を義材から義尹(よしただ)と改めたのだ…。
つづく…
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