世は争乱…
我は室町幕府、第9代征夷大将軍・足利義尚(あしかがよしひさ)である。
延徳3年(1491年)8月、第10代征夷大将軍・足利義材(あしかがよしき)は大軍を率いて近江の六角征伐に出陣した。
その陣に細川政元(ほそかわまさもと)の姿はなかった。
政元は家臣の安富元長(やすとみもとなが)を代わりに派遣したのだ。
出陣前に政元は…
政元「元長、そなたにはわしの代わりに我が軍を率いてもらう。」
元長「はっ。此度こそ六角高頼(ろっかくたかより)の首を上げてみせましょう。」
政元「いや、無理はせずともよい。」
元長「…それはいかなることで?」
政元「我が兵を疲弊させてはならぬ。戦っている振りでよい。危なくなったら退くのじゃ。」
元長「合戦ごっこをやれと?」
政元「今は兵を失わず、蓄えるのじゃ。…訳は帰った時に話す。頼むぞ。」
元長は不思議に感じたが、政元の意に従うのだった。
征伐軍が出陣した後、政元は各地の情報を集めていた。
出陣前の7月、関東から予想したとおりの出来事が起こったのだ。
堀越公方・足利政知(あしかがまさとも)亡き後、後継ぎの潤童子(じゅんどうし)が異母兄の茶々丸(ちゃちゃまる)に殺害されたのだ。
さらに茶々丸は潤童子の母・円満院(えんまんいん)とも殺害したのだ。
円満院は政元が将軍候補として後押しした清晃(せいこう)の実母であり、潤童子は兄であった。
2人を殺害し、茶々丸は新たな堀越公方になった。
政元はこの報せを聞き、すぐに行動した。
政元「清晃様のお母上を殺すとは…茶々丸討伐を伊勢盛時(いせもりとき)に密かに命じよ!」
伊勢盛時は駿河の今川家の内紛を治め、この時は興国寺城にいたのだ。
六角征伐軍が出陣した後、政元の元に紗奈(さな)が丹波より帰ってきた。
政元「紗奈、待っておった。丹波の一揆の真相はいかがであった?」
紗奈「殿のおっしゃった通り、守護代の上原元秀(うえはらもとひで)が無理難題の悪政をして、それが一揆の原因でした。」
政元「やはりか、元秀は父の賢家(かたいえ)同様、わしには尽くしてはくれるが…」
紗奈「元秀はかなりの金を献上しますが、それは丹波で悪政により奪った金にござります。」
政元「うむ、今は1日も早く一揆を鎮圧せよと命じるしかない。この後にわしが起こすことに上原は必要だからな。」
紗奈は政元が目的達成のために細川の力を集中させようとしていることを悟った。
一方、近江の六角征伐は安富元長率いる細川軍や赤松、斯波の活躍で六角を追い詰めていた…。
つづく…
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