ヘッドロックで見せる兄弟対決 | 歴史を感じよう

歴史を感じよう

日本史について感じたこと、調べたことを連載形式で書いていきます。また、神社やお寺、史跡巡りしたこと、プロレスについても書いていきます。わが愛犬てんのことも語っていきます。そして…「オイラ、えいたろうの相棒のコアラだよ。是非読んでね。」

1981年に全日本プロレスで復活したインターナショナルヘビー級王者の決定トーナメントが行われました。


コアラおぉ、そうそうたるメンバーだぁ


決勝はドリーファンクジュニアとブルーザーブロディの対戦でしたが…ブロディの負傷欠場でチャンピオンはドリーに決定しました。


そして初防衛戦の相手をトーナメント出場者からくじ引きで決めることになりました。



ブッチャーはくじ引きでハズレ…この後、ブッチャーは新日本プロレスに移籍になるのですが、この時すでに移籍は決まっていたのでしょう。


くじ引きの結果、対戦相手は…


なんとドリーの弟、テリーファンク

コアラなんと兄弟対決かい!?


このくじ引きはアングルだったのか?それともガチだったのか?


この後、試合がすぐ行なわれたということはガチか⁈



まさか兄弟対決が日本で見られるとは!



試合は前半から中盤にかけてドリーのヘッドロック、それを外そうとするテリー、その攻防でした。




これだけで見せるプロレス、現在の派手な攻防とは違った見せるプロレスでした。


コアラヘッドロックにドリーはこだわっていたね


ロープワークの攻防もありましたが、技をかける、防ぐ攻防が見るものを引きつけてましたね。




さらにフォールにいく押さえ込みの攻防。



試合は50分が過ぎ、ここまでくると時間切れ引き分けか⁈と思うのですが…



54分、ドリーの押さえ込みでスリーカウントが決まったのです。


コアラロープワークの果ての攻防で決まったね




突然決まった兄弟対決、何よりも戦う2人が1番戸惑ったはずですが、古典的な技の攻防で見せつけてくれました。


コアラ2人とも頑張ったね





派手な技のオンパレードより技の攻防が自分は好きだなぁ。






にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ
にほんブログ村
コアラ宜しければバナー⬆️をクリックしてね