自滅したロビンソン自滅に追い込んだブッチャー | 歴史を感じよう

歴史を感じよう

日本史について感じたこと、調べたことを連載形式で書いていきます。また、神社やお寺、史跡巡りしたこと、プロレスについても書いていきます。わが愛犬てんのことも語っていきます。そして…「オイラ、えいたろうの相棒のコアラだよ。是非読んでね。」

全日本プロレス昭和50年代前半の外人レスラーのヒールのトップはなんといってもアブドーラ・ザ・ブッチャー


コアラ外人レスラーながらチャンピオンカーニバルも2回優勝してるね



ブッチャーは日本人レスラーだけでなく、外人レスラーとも抗争を繰り広げました。


ザ・デストロイヤー 、ザ・ファンクスそしてビルロビンソン。


昭和53年10月18日、栃木県体育館で当時PWFヘビー級チャンピオンだったロビンソンにブッチャーが挑戦しました。


ロビンソンといえば人間風車と言われるほどダブルアームスープレックスの使い手。


もう一つ得意技のワンハンドバックブリーカーも多用していました。

コアラワンハンドバックブリーカーでPWF王座を奪取したんだよね


この試合は60分3本勝負、1本目はロビンソンがワンハンドバックブリーカーで先取。


見事、ブッチャーの140キロの巨大をビザで打ち砕きましたね。



コアラブッチャー、しんどそう…でも、これって振りじゃない?


2本目もロビンソンは調子が上がり、再びワンハンドバックブリーカー!


しかし、ここはロープに逃げられました。ブッチャーは場外に落ち、グロッキーと見たロビンソンはブッチャーをリング上へ上げます。


だが…


先にリングに上がったブッチャーは地獄突き


ロビンソンはエプロンから倒れましたが足がロープに絡み宙吊り状態になります。


ここでブッチャーはロビンソンの宙吊りになった左足を攻めました。

ロビンソンはリングに上がれず、リングアウト負け。


コアラあら〜、左足はワンハンドバックブリーカーで背骨を打ち砕く時の支点になるんじゃない?




ロビンソンは左足を痛め、3本目が始まっても、なかなかリングに上がれず。



ようやく上がっても立てないロビンソン。

そこをブッチャーは攻めます。


なんとか立ったロビンソンは反撃に出ますが、なんと、ここでワンハンドバックブリーカーを出しますが…


痛めた左足ではバランスを崩し、よけいに左足を痛めたのです。


この後、ロビンソンは立てず…


レフリーはブッチャーの手を上げます。


3本目の結果はレフリーストップ!

コアラロビンソンが立てないし、これ以上無理って判断したんだね



ワンハンドバックブリーカーの使い、左足を痛めていたロビンソン。

この試合でも多用し、自滅した感がありますね。


しかし、自滅に追い込んだのはブッチャー。




1本目を取られて死んだ振りをしてワンハンドバックブリーカーを出させて、左足の悪化を計った?のかも



ブッチャーはPWF、UN、インタータッグと全日本プロレスの主要タイトルを総なめし、チャンピオンカーニバルも優勝。


コアラデストロイヤー が持っていたUSヘビー級のタイトルも取ったよね




絶好調なブッチャーでした。





にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ
にほんブログ村
コアラ宜しければバナー⬆️をクリックしてね