ブッチャーは日本人レスラーだけでなく、外人レスラーとも抗争を繰り広げました。
ザ・デストロイヤー 、ザ・ファンクスそしてビルロビンソン。
昭和53年10月18日、栃木県体育館で当時PWFヘビー級チャンピオンだったロビンソンにブッチャーが挑戦しました。
もう一つ得意技のワンハンドバックブリーカーも多用していました。
この試合は60分3本勝負、1本目はロビンソンがワンハンドバックブリーカーで先取。
2本目もロビンソンは調子が上がり、再びワンハンドバックブリーカー!
だが…
ロビンソンはエプロンから倒れましたが足がロープに絡み宙吊り状態になります。
ロビンソンはリングに上がれず、リングアウト負け。
そこをブッチャーは攻めます。
なんとか立ったロビンソンは反撃に出ますが、なんと、ここでワンハンドバックブリーカーを出しますが…
この後、ロビンソンは立てず…
3本目の結果はレフリーストップ!
ワンハンドバックブリーカーの使い、左足を痛めていたロビンソン。
この試合でも多用し、自滅した感がありますね。
しかし、自滅に追い込んだのはブッチャー。
1本目を取られて死んだ振りをしてワンハンドバックブリーカーを出させて、左足の悪化を計った?のかも
ブッチャーはPWF、UN、インタータッグと全日本プロレスの主要タイトルを総なめし、チャンピオンカーニバルも優勝。
絶好調なブッチャーでした。
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