世は争乱…
我は室町幕府、第9代征夷大将軍・足利義尚(あしかがよしひさ)である。
延徳3年(1491年)3月、細川政元(ほそかわまさもと)は紗奈(さな)とわずかな供回りを連れて東国に旅に出た。
政元の家臣、安富元家(やすとみもといえ)が政元らを見送った。
政元「元家、留守を頼んだぞ。」
元家「はい…されど、殿…その格好は…」
元家「いえ、殿は似合い過ぎます。面をかぶれば天狗ですな。」
政元「ほぉ、いずれはわしは天狗になるやもしれんな。」
回りのものは笑ったが…紗奈だけは笑わなかった。
政元が本気で修験道を極めようとしているのを知っていたからだ。
政元らはまず目指したのは越後国であった。
紗奈「殿、東国なら堀越公方の足利政知(あしかがまさとも)様のいる伊豆に行かれたほうがよいのでは?」
政元「まずは越後の上杉房定(うえすぎふささだ)殿に会うのが先だ。」
紗奈「房定様…現在の関東管領、山内上杉顕定(やまのうちうえすぎあきさだ)様の実のお父上様ですね。」
政元「そうだ、房定殿は長きに渡って越後を支配し関東の争乱にも戦っておる。わしは東国で1番力がある大名だと思っている。」
関東の情勢はややこしいが、我が父、足利義政(あしかがよしまさ)が新たな公方として足利政知を送り込んだりして介入したことでさらにややこしくなったのだ。
政元らが京を出て、しばらくしてから将軍、足利義材(あしかがよしき)の元に騒がしい報せが入った。
その報せは義材の側近、葉室光忠(はむろみつただ)が持ってきた。
義材「六角高頼(ろっかくたかより)が寺社の本領を返さぬだと!?」
光忠「せっかく御所様が先の乱の罪は許したのに、寺社領は奪ったままなのです。」
義材「高頼め!まだ懲りてないと見える…光忠!畠山政長(はたけやままさなが)と細川政元を呼べ!六角を放っておくわけにはいかぬ。」
光忠「誠に、高頼は御所様を甘くみておりまする…では2人を呼んでまいります。」
京でそんなことが起きてるとは知らず、政元らはようやく越後国に着いたのだった…。
つづく…
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