呪われたIWGP | 歴史を感じよう

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日本史について感じたこと、調べたことを連載形式で書いていきます。また、神社やお寺、史跡巡りしたこと、プロレスについても書いていきます。わが愛犬てんのことも語っていきます。そして…「オイラ、えいたろうの相棒のコアラだよ。是非読んでね。」

新日本プロレスの看板タイトルといえば、IWGP


コアラ今のチャンピオンは…内藤選手


このIWGP、かつて…呪われたIWGPと言われていました。


IWGPは新日本プロレスが世界最強を決めると猪木さんが提唱したもの。


各地域にそれぞれチャンピオンがおり、それを統一するという構想でした。


コアラ当時、猪木さんはNWFのチャンピオンだったよね


新日本プロレスでは、NWFシングルや北米タッグなどのタイトルを返上しIWGP構想に入りました。

さらに新日本プロレスはベルトを返上しIWGPに挑むはずが…1982年に藤波辰巳WWFインターヘビー級王座を獲得…

なんかおかしいなぁ…と思います。




当初は日本で開幕し、韓国、中近東、欧州、メキシコと回り、決勝をニューヨークで行うと予定でしたが、各地域のプロモーターに協力は得られず、このサーキットは頓挫…




結局、1983年に日本各地を巡業する従来の興行スタイルで行いました。


なんだか、それまで行なわれたMSGリーグ戦と変わらないような…







⬆️これが参加メンバー。

一応、各地域で予選を行なったとされていますが…日本だけじゃ…ないかな?



開幕したIWGPでしたが、ディノブラボーは欠場(代打はラッシャー木村)、オットワンズも途中欠場…


コアラなんだかしらけちゃうなぁ




蔵前国技館で行なわれた決勝戦、猪木さんとハルクホーガンの対戦でしたが、猪木さんが失神でKO負け。



これは猪木さんの仕組んだこと?らしい?



コアラホントは失神なんかしてなかったのかな?




これでIWGPのチャンピオンはホーガン。


…と思ったら、翌年もIWGPリーグ戦が行われました。


1回きりで終わると思ったけど、猪木さんの屈辱戦…で第2回が開催された感があります。


しかし、第2回の決勝、またもホーガンと猪木さんの対戦でしたが…


長州力の乱入で猪木さんのリングアウト勝ち…



観客は納得いかず、暴動発生!



コアラあぁ〜あ、リングが…




初めに発表されたIWGP構想とは、かけ離れた結果になりました。


猪木さんは途中から構想どおりに上手くいかず、しらけたのかもしれませんね。





どうせなら全日本プロレスからアブドーラ・ザ・ブッチャーを引き抜いた時点で、すぐIWGPリーグ戦を行なえば、もっと盛り上がったはず。



この時ならブッチャー、ハンセン タイガージェットシンアンドレ、ホーガンといい外人レスラーがいたのに…


コアラ確かにね



ちなみにブッチャーはIWGP構想に参加すると新日本プロレスに来た体だったはずが…後のIWGPリーグ戦には参加していませんでした。






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