世は争乱…
我は室町幕府、第9代征夷大将軍・足利義尚(あしかがよしひさ)である。
文明5年(1473年)12月19日、我は父・義政(よしまさ)から将軍職を譲られ、第9代征夷大将軍に就任した。
室町御所で、そのお披露目が行なわれた。父、義政と母、日野富子(ひのとみこ)が同席した。そして細川政元(ほそかわまさもと)も来ていた。無論、ここには東軍の武将らしかいない。
義政「わしは将軍職を我が子、義尚に譲る。これからは義尚が室町幕府の主人だ。」
富子「義尚…いや御所様、ご挨拶を」
義尚「本日より、我が将軍となった。我はまだ若い。皆の力が必要なのだ。頼むぞ。」
その場にいた武将らは頭を下げた。
しかし、実際の政は父と母と母の兄である日野勝光(ひのかつみつ)が行なった。
我がまだ幼いからである。
一方、我と同じく幼い身で細川家の当主となった政元はどうだったか?
政元には一族の細川政国(ほそかわまさくに)と乳母の紗奈(さな)が補佐として付いていた。
政元「政国、西軍と…いや山名(やまな)と和睦の話をしたい。」
政国「山名の当主は山名政豊(やまなまさとよ)。まずは会わなければなりませぬな。」
紗奈「表立って会うと和睦に反対する者らが何をするかわかりませぬ。まずはお忍びで会うのがよいでしょう。」
政元「内密にか…紗奈、段取りをしてくれるか?」
紗奈「かしこまりました。」
政元「和睦は父の遺言だ。何がなんでも達成せねばならない。」
政元は山名との和睦に向けて動いていたのだ。
そして、夜も更けた時刻に政元はある寺に向かった。
そこにいたのは山名政豊であった…。
つづく…
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