その回はゲストが西郷輝彦さん。
そして訪れた街は、
新居浜市
自分はこれを兄からの情報で知りました。
新居浜でのスタートは滝の宮公園。
新居浜のどんな場所に行くのかなぁ…と思っていたら、西町にある喫茶店、マリンパークでの高校生(新居浜東高)のヨット、そして大島。
マリンパーク
大島
※画像はお借りしました。
マリンパークは自分が学生の頃はなく、その後に作られた施設ですね。
20年ほど前に1度だけ行ったっきりです。
大島はずいぶん昔…自分が小学生の頃に行ったっきりですね。
番組で紹介された「ゆうれいの片そで」の話、自分は知っていました。
こちら⬇️にその話を貼っておきます。
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新居浜市の大島に、喜衛門という漁師がいた。妻はお菊といって、やさしい女であった。二人の間にはお雪というかわいい一人娘があり、家族三人は幸せにくらしていた。
ところが、お雪が五つの時、喜衛門に好きな女の人ができた。喜衛門が、その女を新しく妻にしようとしたため、今まで幸せだったかぞくは、たちまち不幸になってしまった。お菊は驚き悲しんで、喜衛門に何度も思い直してくれるように頼んだが、すっかり心変わりをした喜衛門には通じなかった。お菊は、とうとういとしいお雪を残したまま里へ帰ってしまった。
喜衛門の妻になった女は心の冷たい、ひどい女であった。まま母は、お雪に何かとつらくあたり、食事もじゅうぶんにあたえなかった。そのうえ、自分の仕事まで小さいお雪にさせて、お雪がよくできなかったり、失敗したりすると、ひどくぶっていじめた。喜衛門も女のいいなりになって、お雪をしかるようになっていた。まま母にいじめられるのはがまんできても、父親にかばってもらえないのが、お雪にとって何よりつらいことであった。だから、しかられるたびに母親のお菊のもとへ行っては、泣き泣きつらさを訴えていた。お菊は、わが子の話を聞きながら、自分がいじめられ、傷つけられてでもいるように心を痛め、お雪といっしょになげき悲しんだ。
こんな事がたび重なるにつれて、お菊は、お雪のことを心配するあまり、とうとう気が狂ってしまい、喜衛門と女をたいそううらみながら死んでしまった。
まま母は、悲しみにうちしおれているお雪をいじめ続けた。
「かあちゃんは、なんでわたしを残して死んでしまったのだろう。かあちゃんに会いたい。死んでかあちゃんの所へ行きたい。」
ある晩、お雪は、母の墓で歩いて行って、そこで思いっきり、泣き明かした。これがいつしか習慣のようになって、お雪は月夜でも闇夜でも、毎晩こわさを忘れて母の墓へ通うようになった。そして、生きている人にものをいうように、母のお墓に泣きながら悲しみを訴えるのだった。
そんなある夜のことである。その夜も、お雪が、まま母にひどくぶたれ、母のお墓の前で泣いていると、ふと目の前が、ぼっと青白く明るくなった。墓のうしろから、あのなつかしい母親が現れたのである。お雪は息がつまるほどおどろいたが、思わずこの世の人でない母の胸にとびついて行った。お菊も、わが子をしっかりとだきしめた。
「ああ、かわいそうなお雪。かあちゃんは、おまえがいつかは、いじめ殺されてしまうのではないかと思うと、心配で成仏できないんだよ。」
お菊はそういってお雪をいとおしそうにいっそう強くだきしめた。
「だから、少しでも早く、この寺の尼さんになり、仏様のお力におすがりして、かあちゃんが安心して仏様になれるようにとむらっておくれ。そして、おまえのようなかわいそうな子供を救っておあげ。それから、もう今夜かぎり、お墓へ泣きにくるのはおよしなさい。その代わり、かたみとしてこの着物の片そでをあげるから、かあちゃんと思ってたいせつにしておくれ。」
二人はしばらくかたくだき合ったまま、別れをおしんだ。ゆうれいのお菊は自分の着物の片そでをぴりぴりと引きちぎってお雪にわたすと、かき消すように消えてしまった。
しばらくの間ぼんやりしていたお雪は、はっとわれにかえると、母にいわれたとおり尼になるため、すぐにその足で寺にかけこんだ。尼になったお雪は、いっしんに仏に仕え、母の霊をなぐさめた。そしてまた、不幸な子どもたちの世話をよくし、困っている人たちを助けた。やがて、お雪は、島の人たちから仏様のようにうやまわれながら七三歳でなくなった。お雪が母からもらったかたみの片そでは、今も大島の願行寺に「ゆうれいの片そで」と呼ばれて、たいせつに残されている。
ところが、お雪が五つの時、喜衛門に好きな女の人ができた。喜衛門が、その女を新しく妻にしようとしたため、今まで幸せだったかぞくは、たちまち不幸になってしまった。お菊は驚き悲しんで、喜衛門に何度も思い直してくれるように頼んだが、すっかり心変わりをした喜衛門には通じなかった。お菊は、とうとういとしいお雪を残したまま里へ帰ってしまった。
喜衛門の妻になった女は心の冷たい、ひどい女であった。まま母は、お雪に何かとつらくあたり、食事もじゅうぶんにあたえなかった。そのうえ、自分の仕事まで小さいお雪にさせて、お雪がよくできなかったり、失敗したりすると、ひどくぶっていじめた。喜衛門も女のいいなりになって、お雪をしかるようになっていた。まま母にいじめられるのはがまんできても、父親にかばってもらえないのが、お雪にとって何よりつらいことであった。だから、しかられるたびに母親のお菊のもとへ行っては、泣き泣きつらさを訴えていた。お菊は、わが子の話を聞きながら、自分がいじめられ、傷つけられてでもいるように心を痛め、お雪といっしょになげき悲しんだ。
こんな事がたび重なるにつれて、お菊は、お雪のことを心配するあまり、とうとう気が狂ってしまい、喜衛門と女をたいそううらみながら死んでしまった。
まま母は、悲しみにうちしおれているお雪をいじめ続けた。
「かあちゃんは、なんでわたしを残して死んでしまったのだろう。かあちゃんに会いたい。死んでかあちゃんの所へ行きたい。」
ある晩、お雪は、母の墓で歩いて行って、そこで思いっきり、泣き明かした。これがいつしか習慣のようになって、お雪は月夜でも闇夜でも、毎晩こわさを忘れて母の墓へ通うようになった。そして、生きている人にものをいうように、母のお墓に泣きながら悲しみを訴えるのだった。
そんなある夜のことである。その夜も、お雪が、まま母にひどくぶたれ、母のお墓の前で泣いていると、ふと目の前が、ぼっと青白く明るくなった。墓のうしろから、あのなつかしい母親が現れたのである。お雪は息がつまるほどおどろいたが、思わずこの世の人でない母の胸にとびついて行った。お菊も、わが子をしっかりとだきしめた。
「ああ、かわいそうなお雪。かあちゃんは、おまえがいつかは、いじめ殺されてしまうのではないかと思うと、心配で成仏できないんだよ。」
お菊はそういってお雪をいとおしそうにいっそう強くだきしめた。
「だから、少しでも早く、この寺の尼さんになり、仏様のお力におすがりして、かあちゃんが安心して仏様になれるようにとむらっておくれ。そして、おまえのようなかわいそうな子供を救っておあげ。それから、もう今夜かぎり、お墓へ泣きにくるのはおよしなさい。その代わり、かたみとしてこの着物の片そでをあげるから、かあちゃんと思ってたいせつにしておくれ。」
二人はしばらくかたくだき合ったまま、別れをおしんだ。ゆうれいのお菊は自分の着物の片そでをぴりぴりと引きちぎってお雪にわたすと、かき消すように消えてしまった。
しばらくの間ぼんやりしていたお雪は、はっとわれにかえると、母にいわれたとおり尼になるため、すぐにその足で寺にかけこんだ。尼になったお雪は、いっしんに仏に仕え、母の霊をなぐさめた。そしてまた、不幸な子どもたちの世話をよくし、困っている人たちを助けた。やがて、お雪は、島の人たちから仏様のようにうやまわれながら七三歳でなくなった。お雪が母からもらったかたみの片そでは、今も大島の願行寺に「ゆうれいの片そで」と呼ばれて、たいせつに残されている。
うむ〜、改めて読むと可哀想な話だし、父親と継母はどうなったんだろうと思ってしまいます。
大島では「ジャックのパン屋」さんが紹介されていましたが、自分は知りませんでした。
スイスから来たジャックさん。
美味しそうなパンでしたね。ぜひ行って食べてみたいなぁ
新居浜市と言えば、別子銅山と太鼓祭りが中心となって紹介されますが、今回の『鶴瓶の家族に乾杯』では、違った視点から新居浜市にスポットを当てていましたね。
まだまだ自分も知らない新居浜がありました。
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