諸行無常の世の中…
我は北条泰時(ほうじょうやすとき)が妹、竹子(たけこ)です。
1240年春間近、泰時の元に源阿弥(げんあみ)と名乗る僧が訪ねてきました。
泰時「源阿弥!? 確か和賀江島(わがえしま)の港を作った往阿弥(おうあみ)の師…」
泰時は源阿弥に会いました。
源阿弥「御目通り叶い、ありがとうございます。」
泰時「!!」
泰時は源阿弥を見て驚きました。
泰時「あなたは…源頼家(みなもとのよりいえ)様!」
源阿弥「頼家は既に亡くなった人…私は源阿弥ですぞ。」
泰時「……そうでした。しかし、生きて会えて、とても嬉しく思います。」
源阿弥「私も嬉しいです。さらに弟子の往阿弥にご協力してくれて、ありがとうございます。泰時殿…飢饉でのあなたの姿勢、影ながら見て素晴らしく感じましたぞ。」
泰時「此度はいかがされました?」
源阿弥「実は泰時殿にご協力を頂きたいことがあるのです。この鎌倉にも大仏殿を建立したいのです。」
泰時「大仏?」
源阿弥「鎌倉は源頼朝(みなもとのよりとも)公と北条政子(ほうじょうまさこ)様が作り愛した東の都…西には奈良に東大寺に大仏殿がある。鎌倉にも大仏殿を建立し世の安寧を願いたいのです。」
泰時「世の安寧…私も同じ思いです。大仏殿を安寧の象徴になれば…協力致します。」
源阿弥「ありがとうございます。やはり泰時殿、あの時、私の願いどおりの武士になりましたな。」
泰時「いや、皆の力あってのことです。」
源阿弥の願いを聞き入れ、泰時の協力のもと、深沢の地に建立が始まりした。
1241年初夏、泰時は孫の経時(つねとき)を評定衆に加えました。
泰時は経時を後継者にすべく、教育していたのです。
そんなある日…泰時は経時の弓矢の修練を見ていました。
泰時「経時、身体は鍛えておけ。いざという時に力を発揮し民を守るのが武士なのだからな。」
経時「はい、お祖父様。」
経時の矢が的を得た時、それを見ていた泰時は…
バタッ!!
突然倒れたのです…。
経時「!お祖父様!!誰か!誰か!!」
つづく…
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