諸行無常の世の中…
我は北条泰時(ほうじょうやすとき)が妹、竹子(たけこ)です。
1240年になり、泰時は館で前妻の優子(ゆうこ)と会っていました。
泰時「優子…義村(よしむら)殿が亡くなられ…心中察する。」
優子「父上は十分に生きました。」
泰時「義村殿には常にわしの味方をしてくれて、本当にありがたいことだった。」
優子「父上は最後に申しておりました。北条を見限ろうと思ったが、泰時殿がおる、真っ白な心で対してくれる泰時を見限ることはできぬ…と」
泰時「そうか…優子も夫の佐原盛連(さはらもりつら)殿を既に亡くされ、此度は義村殿…寂しくなるの。」
優子「何の!私には泰時殿がおりまする。そして2人の孫もおりまする。賑やかでございます。」
泰時「ハハッ、優子らしいな」
幕府の重臣・三浦義村が逝き、さらにもう1人死の床についているものがいました。
泰時や私の叔父であり、泰時を支えた北条時房(ほうじょうときふさ)です。
2月、泰時は時房を見舞いました。
泰時「叔父上、お加減はいかがですか?」
時房「うむ…わしも、もう長くあるまい。」
泰時「そんな弱気なことを。しっかりなさりませ。」
時房「泰時殿…幕府を長きに渡り続けるため、しっかりした人材を育ててくだされ。」
泰時「我が孫・経時(つねとき)、時頼(ときより)も成長しておりまする。京では弟の重時(しげとき)もおりまする。」
時房「そうであった…北条一門が力を合わせれば大丈夫でごさるな。」
泰時「私は叔父上には感謝の言葉しかありませぬ。」
時房「泰時殿だからこそ、わしは力を発揮できたのじゃ。こちらこそ感謝ですぞ。」
泰時は時房の手をしっかり握りしめました。
2月18日、時房は逝きました。享年66歳。
三浦義村、北条時房と立て続けに幕府の重臣が亡くなり、世間では先に亡くなられた後鳥羽法皇(ごとばほうおう)様の怨霊が祟ったのではないかと噂されたのです。
そんなことがささやかれているある日、泰時を1人の僧が訪ねてきました。
家臣「殿、源阿弥(げんあみ)と名乗る僧が殿に面会を求めておりまするが…」
泰時「源阿弥…源阿弥とな!」
泰時は源阿弥に会い、驚くことになるのです…。
つづく…
にほんブログ村



