諸行無常の世の中…
我は北条泰時(ほうじょうやすとき)が妹、竹子(たけこ)です。
1235年春間近の隠岐島…
その島には承久の乱(じょうきゅうのらん)で敗者となった後鳥羽法皇(ごとばほうおう)様がいらっしゃいました。
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法皇様のお付きの公家・忠正(ただまさ)が尋ねます。
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忠正「法皇様、何を書いているのですか?」
後鳥羽「忠正か、京の都への文を書いておる。」
忠正「京へ?送るのは無理でごいませぬか?」
後鳥羽「これは幕府への弁明だ…、朕も隠岐に来て14年もなる。もう京へ戻ってもよいだろう。」
忠正「確かに…私も京が恋しくございます。」
法皇様の書状は隠岐島の役人から京の六波羅探題(ろくはらたんだい)を通じて、公家の九条道家(くじょうみちいえ)の元に届きました。
道家「法皇様は先の乱を悔い改めておる。もう帰京してもよい頃であろう。鎌倉へ働きかけてみよう。」
京では法皇様と佐渡島に配流となっている順徳上皇(じゅんとくじょうこう)様が帰京するのではと噂されました。
道家は鎌倉へ書状を送り、帰京の働きかけました。
道家からの書状を巡り、泰時は将軍・藤原頼経(ふじわらのよりつね)に呼ばれました。
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頼経「泰時、父から法皇様を許し帰京させてはと文が来ておる。」
泰時「はい、私も読みました。」
頼経「どうじゃ?法皇も悔いておるようだし、帰京を許しては?」
泰時は声を上げました。
泰時「なりませぬ!!」
頼経「えっ…」
泰時「悔いおる方が隠岐に入ってから、こんな歌は読みませぬ!!」
泰時が言う法皇様の歌とは…
我こそは新島守よ隠岐の海の荒き波風心して吹け
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泰時「法皇様の心の内は鎌倉…いや武士に対する姿勢は以前と変わらぬ交戦的なのです。帰京など、以ての外です!!」
泰時の剣幕に頼経は黙るしかなく、京の道家も同様でした。
隠岐の法皇様には帰京の許しどころか何の報せも入ってきませんでした。
忠正「法皇様、京に文を送ってから随分経つのに何の報せもありませぬ…」
後鳥羽「やはりか…まぁ、こうなるとは思っておったが…」
忠正「やはりこのままなのですか…」
後鳥羽「あの小童め…ハハハッ!」
法皇様は行在所で笑いながら拳を握りしめていました。
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今回のことは泰時の確固たる決意は鎌倉そして京に知れ渡る出来事でした。
そんな泰時の孫ですが、立派に育っていたのです…。
つづく…
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