諸行無常の世の中…
我は北条泰時(ほうじょうやすとき)が妹、竹子(たけこ)です。
1230年夏、泰時の家臣・長崎次郎(ながさきじろう)が泰時の館に1人の僧を連れてきました。
次郎「殿、こちらの僧侶がぜひお会いしたいと懇願されまして…」
泰時「ほう…名は?」
「私は勧進聖(かんじんひじり)の往阿弥(おうあみ)と申します。」
泰時「寺の建立の勧進かな?」
往阿弥「作るのは港にございます。鎌倉の浜には幕府創立以来、船の出入りが多くなっておりまする。」
往阿弥「されど浅瀬で荷の上げ下ろしが難しく、また事故が多いのです。」
泰時「それは聞いたことがある。天候不順で雨の際には難儀しておるとか…」
往阿弥「はい、そこで飯島岬の先に港を作りたいのです。」
次郎「どのように致すのじゃ?」
往阿弥「石をたくさん用いて陸路を作るのです。それが船の着く港。これができれば事故もなくなり、宋の国からの船の出入りもできます。」
泰時「宋の国…」
泰時は宋の国と聞いて、渡宋船(とそうせん)を思い出していました。かつて三代将軍・源実朝(みなもとのさねとも)様が宋に渡るために作らせた渡宋船を…
泰時は実朝様が政のために宋に行きたかった夢を思い出していました。
泰時『わしはあの時、実朝様の夢を阻んでしまった…』
泰時は実朝様の夢を再び実現しようと思ってはいたが、その後、実朝様は暗殺されてしまったのです。
泰時「よし!往阿弥、その港を作るのじゃ。わしが援助を致す。」
往阿弥「おぉ、ありがとうございます。」
次郎「殿、よいのでございますか?」
泰時「船の往来が多くなり、物が行き交えば、街も世も栄えよう。」
往阿弥「泰時様に相談してよかった。我が師の言われたとおりであった。」
泰時「師?往阿弥の師とは誰じゃ?」
往阿弥「我が師は源阿弥(げんあみ)と申します。今は旅に出ております。」
泰時「源阿弥…?その方はわしを知っておるのか?」
往阿弥「わかりませぬが…師は泰時様なら力になってくださると申しておりました。」
泰時は源阿弥なる僧に思い当たることはなかったのですが、後年会うことになるのです。
幕府の援助を受け、瞬く間に港は出来上がりました。
その港が和賀江島(わがえしま)といいます。
泰時は完成した和賀江島を見て、
『実朝様、宋の国は船の出入りで、あちらから参りますぞ。』
泰時は心残りだったことを実現できたのです。
武士の法・御成敗式目(ごせいばいしきもく)ができ、諸国の武士に広がり、ようやく飢饉からも落ち着きを見せ始めました。
そんな頃、泰時の元に九州から所領に関する争論が持ち込まれたのです…。
つづく…
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