諸行無常の世の中…
我は北条泰時(ほうじょうやすとき)が妹、竹子(たけこ)です。
1230年の冷夏で米、作物は不作。
翌1231年春には少ない食べものを食べ尽くし、各地で餓死者が続出したのです。
泰時は各御家人たちに施し、さらには倹約を命じたのです。
衣食の贅沢を禁じ、畳や衣類、烏帽子の新調を停止にし、夜は灯は使わず昼食は抜き、宴会や遊びをとりやめる…あわゆる贅沢を禁じたのです。
それでも餓死者は増え、鎌倉や京には流民が集中し餓死者が増加したのです。
この状況下で泰時に不満を抱くものがいました。
泰時の異母弟・朝時(ともとき)の嫡男・光時(みつとき)でした。
光時「父上!こんなやり方では皆死んでしまいますぞ!」
朝時「何を言っておる!?皆で共に倹約せねば、全滅だぞ!」
光時「…倹約と言いながら泰時叔父は影で食べるのではないですか?」
朝時「何っ!!ならば今からわしと共に泰時兄の館へ来い!」
朝時が光時を連れて泰時の館に行ったのは夜でした。
朝時と光時は庭に通されました。
光時「庭に?水垢離(みずごり)でもして食べ物を下さいって祈っておるのではないか?」
朝時「黙ってついて来い!」
泰時は縁側で書き物をしていました。
泰時「これは、朝時に光時。いかがされた?」
光時「…叔父上はこんなところで夜に何をなされておるのですか?」
泰時「これか、武士の法をまとめておるのじゃ。灯が使えぬゆえ、月明かりを灯代わりにしておる。」
朝時「今宵は月が綺麗ですからな。」
光時は何も言葉が出ませんでした。
朝時「法はまとまりそうですか?」
泰時「うむ、もうじき完成するであろう。この飢饉の中、取り決めがない武士たちの争いが起きるとも限らん。早くまとめねばの。」
朝時と光時は泰時の館を後にしました。
朝時「あれが泰時兄だ。皆に命じたことは自らも行なう、いや、それ以上に厳しく行なっておるのだ。私腹を肥やすなどするような人ではない。」
光時「……わかりました。」
幕府は備蓄米を放出し、さらに鶴岡八幡宮(つるがおかはちまんぐう)で国土豊年の祈祷を行いました。
そして1332年、ついに泰時は完成させたのです…。
つづく…
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