1987年4月27日の新日本プロレスの両国国技館大会のメインは、
アントニオ猪木
vs
マサ斎藤
3月の大阪城ホールでの対戦は不透明な結果になり観客による暴動まで起こりました。
今回はその再戦というわけです。
試合前、なんと全日本プロレスを無断欠場し追放となった長州力、スーパーストロングマシン、小林邦昭らが観客席に座っていました。
この時点で長州らが乱入するだろうと予測しますよね〜
試合は、
斎藤が攻め込みましたが、途中で猪木さんの提案によりロープが外され、ノーロープで試合が再開されたのです。
ここから猪木さんの独壇場。斎藤の額にナックルパートや蹴りを見舞い、流血に追い込みました。
斎藤は倒れ、
斎藤のセコンドについていたデビュー前の馳浩が白いトレーナーを投げ、試合は猪木さんのTKO勝ちとなったのです。
ここでやはりというか、やっぱりなって感じで長州らが動きました。
フェンス手前で何やら叫ぶ長州。
フェンスをまたごうとするが、
小林邦昭らに止められ、またげません。
ついには、
マイクアピールをし、長州らの新日本プロレス参戦は決定的となったのです。
これをプロレス雑誌で知った自分は、出来レースだなって感じましたね。
全日本プロレスを抜けた時点で新日本プロレスに上がるのは決まっていたんでしょう。
長州らを全日本プロレスから引き抜いたのは新日本プロレスなんだから。
しかし、長州らが簡単に新日本プロレスの試合には出れませんでした。
それは全日本プロレスとの契約がまだ残っていたからなんですね。
長州がフェンスをまたげないのは、小林邦昭らに止められたわけじゃなく、全日本プロレスとの契約…つまり馬場さんに止められたんですね。
後年、長州は大仁田厚が新日本プロレスに参戦しようと会場に来た時、フェンスの前まで来た大仁田に対して「またぐなよ」と言っていましたが…長州は皮肉にも大仁田の師匠・馬場さんに「またぐなよ」って言われてるようでした。
こんなことがあり、この頃の自分はプロレスを見ることに嫌気がしていました。
しかし、嫌気を飛ばすような試合を見せてくれたレスラーがいたのです。
それは次回で。
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