1987年1月、新日本プロレスで飛び出したのは、このレスラー⬇️
稲妻戦士,木村健悟ですね。
1月2日 シリーズ『ニューイヤーダッシュ87』の開幕戦のメインが、
藤波辰巳
vs
木村健悟
2人はIWGPタッグの王者だったのに、なぜこの時期にこの試合が組まれたのか…?
木村が試合前に
「俺はこの試合に負けたら海外に行く!」
とマイクアピール!
気合いの入っている木村。
さらに椅子の上でのパイルドライバー
必殺、稲妻レッグラリアット⚡️
……かと思ったら、
藤波のアピールで試合裁定は無効試合になりました。
この試合、テレビで見てましたが、最後に凶器がアップで映されてましたね。
この抗争は翌日の後楽園ホール大会でもシングルマッチが組まれ、藤波が暴走し反則負け。
2人の対決は1月14日、後楽園ホールでワンマッチ興行として行われてました。
レフリーは上田馬之助。
結果は…
しかし、なぜ2人の抗争がこの時期に組まれたのか?
前年よりのUWFと新日本の抗争はどうなったのか?って感じましたね。
この1987年、新日本プロレスは様々なことが起きましたが…結果、迷走しているように見えました。
まさに「らしくもないぜ〜」
木村はこの試合の後、海外へ行きマーシャルアーツ(ようはキックボクシングみたいな)のベニーユキーデの元でトレーニングをし、
3月26日に大阪城ホールでケリーウィルソンなる相手と異種格闘技戦を行ない、
ここから藤波に反撃だぁ!
……と思ったら、周りの状況が変わり、気づいたら年末にはまた藤波とタッグを組んでいたのです。
木村も迷走していましたね。
さて、この1月に新日本プロレスではとんでもない騒動が起きたのです。
それは次回で。

にほんブログ村











