1986年7月4日、新日本プロレスのシリーズ『バーニングスピリットインサマー』開幕戦の後楽園ホールに1人の元・力士が現れたのです。
それは…琴天山(ことてんざん)
元・力士…琴天山はこの時、既に相撲を廃業していました。
1985年に相撲界に入り、序ノ口、序二段、三段目と優勝し🏆、21連勝をしていましたが、1986年7月場所で土俵に上がらず、失踪…そのまま廃業したのです。
その琴天山が新日本プロレスに現れ、しかも猪木さんと握手している様子が生中継だったワールドプロレスリングで放送されたのです。
新日本プロレス入りか!?と思ったら…
翌5日の全日本プロレスの『サマーアクションシリーズ』の後楽園ホール大会にも現れました。
その時のプロレス週刊誌がこちら⬇️
週刊プロレス、週刊ゴングとも琴天山を表紙に持ってきましたね。
琴天山はカナダではレスリングを経験しチャンピオンにもなっていて、体も196㎝と大きく、素材は抜群、両団体とも欲しい人材でした。
新日本プロレスか?全日本プロレスか?
全日本プロレスに現れた時は馬場さんとの接触はなく、新日本プロレスがリードか⁈と思われていました。
しかし、7月10日…
全日本プロレスが琴天山の入団を発表したのです。
琴天山…いやジョン・テンタは両団体を天秤にかけた⚖とプロレスマスコミは報道しました。
馬場さんの方が仕掛けか早かったのかもしれませんね。
ジョン・テンタのデビューは翌年でした。
さて、全日本プロレスの7月のシリーズに参加していたスタンハンセンに関し不可思議なことがありました。
それは次回で。

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