大河ドラマ「西郷どん」でも出てきました水戸藩(みとはん)。
幕末期には藩主で烈公と呼ばれた徳川斉昭(とくがわなりあき)が有名ですね。
斉昭の七男がひー様こと徳川慶喜(とくがわよしのぶ)。
さて明治になり幕府を倒した明治政府の高官に…水戸藩出身がいないんです!
幕末期には優秀な人材は他藩に負けないほどいました。
攘夷の代表と見られるほど朝廷からも頼られていました。
原因はいくつかありますが…
まずは不幸にも安政の大地震で優秀な人材を失いました。
藤田東湖(ふじたとうこ)や戸田忠太夫(とだちゅうだゆう)は震災で亡くなったのです…
次に幕府の大老・井伊直弼(いいなおすけ)が起こした安政の大獄。
これで安島帯刀(あじまたてわき)、鵜飼吉左衛門(うがいきちざえもん)、鵜飼幸吉(うがいこうきち)、茅根伊予之介(ちよねいよのすけ)が死罪となりました…
そして、藩内の争いが激化したことで人材を失いました…
それは改革派の天狗党(てんぐとう)と保守派の諸生党(しょせいとう)の争いで天狗党の乱や弘道館戦争を起こしました。
天狗党の乱では武田耕雲斎(たけだこううんさい)が亡くなりました。
数々の不幸と藩内の争いで優秀な人材を次々と失った水戸藩。
藩論をまとめ上げていれば…と思います。
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