1985年8月、新日本プロレスに再び激震が起きました。
それは…
引き抜いたのはジャパンプロレスの大塚さん。
大塚さんはザ・コブラやマネージャーの若松まで引き抜こうとしたらしいですが、そこまでは至らず。
マシン、斎藤、高野は3人でユニットを組み、カルガリーハリケーンズと名乗りました。
ただ、すぐには全日本プロレスのリングには上がれませんでした。
新日本プロレスとの契約が残っていたからですね。
ジャパンプロレスの自主興行に参加し後に全日本プロレスに参加しました。
この騒動と同時期に大阪城ホールの対戦カードが…
長州力 vs谷津嘉章
当初は長州の相手はジャンボ鶴田でしたが怪我で手術となり、急遽変更になったのです。
試合後、長州は
「もう馬場、猪木の時代なんかじゃないぞ!鶴田!藤波!天龍!俺たちの時代だ!」
とマイクで叫んだのです。
その時に発売された週刊プロレスがこちら⬇️
後にして思うと、この発言は全てを俺たちが牛耳るってことだったのか⁈
全日本プロレスは馬場さんが鶴田、天龍、長州らにメインを任せていましたが新日本プロレスは猪木さんがメイン。
猪木さん無しではお客さんは呼べない時代だったと思います。
さらにリング上以外まで「俺たちの時代」だったのか⁈
ただ「俺たちの時代」に繋がる⁈ある試合はこの前に行われていたのです。
それは次回で。
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