諸行無常の世の中…
我は北条泰時(ほうじょうやすとき)が妹、竹子(たけこ)です。
(泰時はこの時点で頼時(よりとき)と名乗っています。)
1198年7月、頼時に新たに弟が誕生しました。
頼時の父、義時(よしとき)の正室の姫の前(ひめのまえ)が産み、幼名を小三郎(こさぶろう)といい、これが後の北条重時(ほうじょうしげとき)です。
義時「頼時、お前にとって2人目の弟だ。」
義時は誇らしげに小三郎を抱き上げました。側にはもう1人の弟、次郎(じろう、後の朝時(あさとき))がはしゃいでいました。
頼時「父上の長子として弟たちを守っていきます。」
義時「うむ、ところで鎌倉殿(頼朝(よりとも)様のこと)の乙姫(おとひめ)様に朝廷から女御(にょうご)の称を与えられたそうだ。」
頼時「それではいよいよ入内されると」
義時「うむ、来年あたりには上洛となるだろう。」
頼時は心から喜ぶことができませんでした。それは頼朝様の命を狙っているものがいると思っているからでした。
頼時は頼朝様に会いに御所を訪れました。
頼時「殿、乙姫様に朝廷から女御の称を与えられたとか、おめでとうございます。」
頼朝「おぉ、頼時。義時から聞いたな。ははっ」
頼朝様は久しぶりに笑顔を見せていました。
頼時「以前よりお聞きしたかったことがございます。」
頼朝「いかがしたのじゃ?」
頼時「殿は東国…いや日の本の武を治め、征夷大将軍にもなりました。この先、姫様を入内させ、いかがされるのでょうか?」
頼朝「頼時は征夷大将軍で充分と思っているのだな?」
頼時「はい、朝廷に入り込むのはかつての平家(へいけ)と同じやり方ではありませぬか?」
頼朝「わしは平家のようにはならぬ。一部ではわしが平家のような貴族になると思っているようだが…」
頼時「では、どのように日の本を治めるのですか?」
頼朝「まだ京を始めとする西国は朝廷の力が強い。日の本を治めるには朝廷をも超えねばならぬのだ。」
頼時「それは…まさか…」
頼朝「それはまだ言えぬ。だが頼時の思っていることが当たっているかもしれぬぞ。まあ、楽しみにしておれ。」
頼朝様は上機嫌に笑っていました。
しかし頼時は不安でした。頼朝様の考えは御家人たちに理解されるのだろうかと。
1198年も暮れになり、頼朝様は御家人の稲毛重成(いなげしげなり)が亡くなった妻の供養のために築いた相模川の橋の落成供養に参加しました。
頼時もその橋の供養式に参加していました。
頼時は供養式が終わり、頼朝様より先に帰路につきました。
頼時が鎌倉の御所に着き、政子様の元へ挨拶をしようとした時、早馬が入ってきたのです。
政子「早馬とは、いかがしたのです?」
家臣「鎌倉殿が……落馬し倒れられました!」
それを聞いた頼時はすぐさま馬に乗り、御所を出たのです…。
つづく…
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