諸行無常の世の中…
我は北条泰時(ほうじょうやすとき)が妹、竹子(たけこ)です。
(泰時はこの時点では頼時(よりとき)と名乗っています。)
1196年に鎌倉に戻った源頼朝(みなもとのよりとも)様の娘、大姫(おおひめ)様は以前にもまして館からは出ず塞ぎこむようになりました。
大姫の母、政子(まさこ)様も打つ手なく、ただ見守ることしかできませんでした。
同年も秋を過ぎたころ、京では関白、九条兼実(くじょうかねざね)が失脚し関白職を罷免されたのです。
この報せを聞いた頼朝様は焦りました。
頼朝「これではますます朝廷は土御門通親(つちみかどみちちか)の権力が強くなる…。」
政子「殿、まだ大姫の入内を諦めておられぬのですか?」
頼朝「当たり前だ!たくさんの金品を渡したのだぞ。なんとかせねばならぬ!」
政子「されど…大姫は…。」
頼朝「…。」
1197年になり、大姫様は病になり、悪化の一途を辿りました。
ある日、頼時は大姫様を見舞いました。
政子「大姫…あなたの従兄弟の頼時がきておりますよ。」
大姫「……母上、義高様は何処におられるのでしょう…?」
政子「大姫……義高は…」
頼時は大姫様の手を握り、
頼時「大姫…わしじゃ、義高じゃ…」
大姫「ああ、義高様…」
頼時「わしがここにおるゆえ安心して眠るのじゃ。眠らないと病は治らぬぞ。」
大姫「…はい、義高様…」
頼時は大姫様を安心させるため、義高のふりをしたのです。
政子「頼時、ありがとう…」
しかし、皆の心配をよそに大姫様の病は悪化し…
1197年8月、大姫様は亡くなられたのです。
頼時「鎌倉殿(頼朝様のこと)は政のために大切なものを失っている…。」
しかし、頼朝様の野望はまだ続いていくのです…。
つづく…
にほんブログ村


