諸行無常の世の中…
我は北条泰時(ほうじょうやすとき)が妹、竹子(たけこ)です。
1187年、源頼朝(みなもとのよりとも)様は行方知れずとなった源義経(みなもとのよしつね)を全国規模で探索していました。
鎌倉では4歳になった金剛(こんごう、泰時の幼名)が父・義時(よしとき)や叔母であり頼朝様の正室・政子(まさこ)様の元、元気に育っていました。
義時「義経はまだ見つかりませぬな、姉上。」
政子「殿(頼朝)は奥州の平泉に行くはずと申していました。」
義時「平泉、奥州藤原氏(おうしゅうふじわらし)の元にですか…奥州藤原氏の当主は藤原秀衡(ふじわらのひでひら)。殿と渡り合っている人物と聞いております。」
金剛「父上、頼朝様と義経様は兄弟なのになぜ争うのですか?」
義時「金剛、なぜそれを聞く?」
金剛「私には兄弟がいないのでわらかないのです。兄弟とは争うものなのですか?」
義時「うむ〜、どう説明すればよいかの…」
政子「金剛、頼朝様と義経は意見が合わないのです。頼朝様は黒と言っても、義経は白だと言い張って喧嘩になったのですよ。」
金剛「私は白が好きです。」
政子「あらっ、金剛はなぜ白が好きのかい?」
金剛「闇夜の黒は何も見えませぬ。白は綺麗です。」
政子「白は綺麗ですね。しかし白を保つには苦労しますよ。白は他の色に染まりやすいですから。」
金剛「私は白を保ちたいです。」
義時「はっはは(笑)」
義時は笑いながら金剛の頭を撫でました。そんな義時が白から黒に変わるのではと政子は心配していたのです。
1187年11月に藤原秀衡が亡くなりました。
そして1188年、義経が平泉に潜伏していることが発覚したのです。
頼朝「やはり平泉にいたか。朝廷から奥州藤原氏に義経追討の宣旨を出すよう奏上するのじゃ!」
朝廷は頼朝様の申請どおり、奥州藤原氏の新たな当主・藤原泰衡(ふじわらのやすひら)に義経追討の宣旨を出したのです。
泰衡は義経を討つことなく、保護し続けました。
泰衡「父・秀衡の遺言で義経様を大将として鎌倉と戦うぞ!」
泰衡が中々、義経を追討しないことに業を煮やした頼朝様は泰衡追討の宣旨まで朝廷に奏上したのです。
泰衡「頼朝が朝廷にわしを討てと奏上しておると!わしを朝敵にするつもりか⁈」
そして…
圧力に耐えられなくなった泰衡は平泉の衣川館にいた義経を襲撃したのです。
ついに義経は自害したのです。
義時「これで決着がついた…。」
皆、そう思っていましたが頼朝様にはまだ終わりではなかったのです…。
つづく…
にほんブログ村

