「八幡の武将」の本編は既に最終回を終えております。
「八幡の武将」で数々の武家が出てきましたが、北条氏(ほうじょうし)とずっと敵対してきた安房国の里見氏(さとみし)はその後どうなったか?
北条と里見は北条二代目・北条氏綱(ほうじょううじつな)の時代より争っています。
鶴岡八幡宮の戦い、第一次国府台合戦があり、北条三代目・北条氏康(ほうじょううじやす)の時代に久留里城の戦い、第二次国府台合戦がありました。
久留里城跡(現在の千葉県君津市久留里付近)
第二次国府台合戦後、勝った北条が有利になりましたが1567年の三船山の戦いで里見が勝ち、里見が上総国での勢力圏を確固たるものにしたのです。
この頃、里見は越後国の上杉謙信(うえすぎけんしん)と同盟を結んでいたました。
しかし、1569年、今川氏(いまがわし)を攻めた武田信玄(たけだしんげん)との同盟が崩れた北条は武田を牽制するため、上杉と同盟を結んだのです。
この越相同盟に驚いたのは反北条勢力の里見でした…。
つづく。
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