外伝「八幡の武将」〜里見氏との抗争①〜 | 歴史を感じよう

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日本史について感じたこと、調べたことを連載形式で書いていきます。また、神社やお寺、史跡巡りしたこと、プロレスについても書いていきます。わが愛犬てんのことも語っていきます。そして…「オイラ、えいたろうの相棒のコアラだよ。是非読んでね。」

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「八幡の武将」の本編は既に最終回を終えております。

コアラ「八幡の武将」の目次はこちらだよ⬇️よかったら読んでね。





「八幡の武将」で数々の武家が出てきましたが、北条氏(ほうじょうし)とずっと敵対してきた安房国の里見氏(さとみし)はその後どうなったか?

コアラ北条と里見はずっと争ってきたけど「八幡の武将」の中では決着はついてないよね。


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里見氏の家紋・二つ引両




北条と里見は北条二代目・北条氏綱(ほうじょううじつな)の時代より争っています。


鶴岡八幡宮の戦い、第一次国府台合戦があり、北条三代目・北条氏康(ほうじょううじやす)の時代に久留里城の戦い、第二次国府台合戦がありました。


コアラ「八幡の武将」の中でも出てきた戦だね。実は綱成(つなしげ)さんは里見義堯(さとみよしたか)さんの居城・久留里城(くるりじょう)を三度も攻めて撤退しているんだ。これは「八幡の武将」の中では触れてないね。


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久留里城跡(現在の千葉県君津市久留里付近)



第二次国府台合戦後、勝った北条が有利になりましたが1567年の三船山の戦いで里見が勝ち、里見が上総国での勢力圏を確固たるものにしたのです。

コアラ三船山の戦いで北条軍の大将は当主の北条氏政(ほうじょううじまさ)さんだったから里見の勢いは余計についたんだよね。




この頃、里見は越後国の上杉謙信(うえすぎけんしん)と同盟を結んでいたました。

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上杉謙信じゃ。里見にはわしの後押しがあるぞ。





しかし、1569年、今川氏(いまがわし)を攻めた武田信玄(たけだしんげん)との同盟が崩れた北条は武田を牽制するため、上杉と同盟を結んだのです。

コアラ北条、今川、武田の同盟が有名な甲相駿三国同盟だよ。また北条と上杉の同盟は越相同盟(えつそうどうめい)って言うんだ。



この越相同盟に驚いたのは反北条勢力の里見でした…。





つづく。


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