世は群雄割拠の戦国時代。
わしは北条氏康(ほうじょううじやす)です。
駿河国の深沢城(ふかざわじょう)は1568年に武田信玄(たけだしんげん)が一時占領しました。
駿河国と相模国の国境近い場所にある深沢城をわしは捨て置けず、1570年、氏政(うじまさ)が38,000の兵で取り返したのです。
武田信玄は1569年11月より再び駿河に侵攻しており、1570年6月に綱成(つなしげ)が嫡男・康成(やすしげ)を連れ深沢城に入りました。
綱成はわしより武田との同盟を探る密命を帯びていたのです。
綱成は忍びの美咲(みさき)を呼びました。
綱成「美咲、武田の状況を探るのだ。」
美咲「忍び込めますが目的は?」
綱成「これは大殿からの密命だ。我が北条は上杉(うえすぎ)との同盟を切り武田と再び同盟を結ぶのだ。それを探ってほしい。」
綱成「同盟を結ぶ為なら、わし自ら出向いてもよい。」
美咲「わかりました。早速行ってまいります。」
1570年8月、武田軍は伊豆国の韮山城(にらやまじょう)にまで攻めてきたのです。
攻めてきた武田軍を韮山城を守るわしの五男・氏規(うじのり)が撃退したのです。
しかし、
信玄「これでよい。我らの目的は韮山にあらずだ。」
信玄は自らの力を見せつけていたのです。
そして、1570年12月武田軍は深沢城を攻めてきたのです。
綱成「ついに来たか!」
康成「敵は20,000はいますか?」
綱成「うむ。兵数では我らは叶わぬ。ここは籠城策でいくぞ。」
籠城に武田軍は苦戦しましたが、
信玄「これは予想していたことだ。金山衆を使え!」
信玄は地下からも攻めてきたのです…。
つづく…
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