世は群雄割拠の戦国時代。
わしは北条氏康(ほうじょううじやす)です。
1569年10月、氏照(うじてる)、氏邦(うじくに)、そして綱成(つなしげ)率いる北条軍は三増峠(みますとうげ)で武田信玄(たけだしんげん)の軍勢に敗退したのです。
信玄は軍勢を移動させ、この戦を自らの勝利とし勝ち鬨を上げたのです。
「えい!えい!おう!」
綱成は武田軍の声を敗走する途中で聞きました。
綱成「……さすが信玄、そして武田軍。いずれまた!」
小田原に向かう氏照・氏邦・綱成の軍が荻野(おぎの 今の神奈川県厚木市辺り)まで進んだところで陣を敷いていたわしと氏政(うじまさ)の軍に出会いました。
氏照「兄上、いや御館様。申し訳ごさいませぬ。武田軍を逃がしてしまいました。」
氏政「うむ。忍びよりの報せで聞いておる。」
氏邦「緒戦は我が軍が有利だったのですが…。」
氏政「信玄が一枚も二枚も上手であったな…それより父上が倒れられた。」
氏照、氏邦「父上が⁈ 」
綱成「…大殿は?」
氏政「今は医師に見せ、落ち着いて眠っておる。」
氏照、氏邦はうろたえていました。氏政も気落ちした様子です。
それを見た綱成は、
綱成「気合いを入れなされ!!」
氏政「綱成!」
綱成「御館様、氏照様、氏邦様。これからの北条家はお三人が支えていくのです。大殿が入らざるとも北条家を盤石のものとしていくのです。それは大殿の望みでもあるのです。」
氏照「そのとおりだ。我らがうろたえてはならぬ。」
氏邦「うろたえていては、よけい父上に叱られてしまうわ。」
氏政「うむ。我らがしっかりせねばならぬ。父上を安心させてねば。」
綱成の叱咤激励は3人に活力を与えたようでした。
その後、小田原城(おだわらじょう)に戻ったわしは体を養生したのです。
此度の武田軍の小田原侵攻は信玄が自らの軍勢の強きを見せつけた結果となりました。
そして、信玄は再び駿河国への侵攻を始めるのでした…。
つづく…
にほんブログ村


