八幡の武将【こぼれ話③】 | 歴史を感じよう

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日本史について感じたこと、調べたことを連載形式で書いていきます。また、神社やお寺、史跡巡りしたこと、プロレスについても書いていきます。わが愛犬てんのことも語っていきます。そして…「オイラ、えいたろうの相棒のコアラだよ。是非読んでね。」

いつも当ブログの歴史連載物語「八幡の武将」をご覧になって頂き、誠にありがとうございます。

コアラみんな、いつもありがとう〜。これまでの「八幡の武将」はこちらを読んでね⬇️





「八幡の武将」では1569年の三増峠の戦い(みますとうげのたたかい)の最中ですが、日本の他の地域はどうなっていたか?



1566年、中国地方では毛利元就(もうりもとなり)が月山富田城の戦い(がっさんとだじょうのたたかい)で出雲国の尼子義久(あまこよしひさ)を降伏させ、中国地方8ヶ国を支配する大名になりました。

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毛利元就

コアラ元就さんは一代で8ヶ国を支配したんだよ。凄いね。



この時、元就は70歳でしたが、なんと1567年の71歳の時に最後の子供をもうけています。

それが後の毛利秀包(もうりひでかね)です。




1568年、織田信長(おだのぶなが)が足利義昭(あしかがよしあき)を旗頭に上洛しました。
そして義昭は征夷大将軍(せいいたいしょうぐん)に就任したのです。

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織田信長じゃ。これからはわしが天下を治めてやる。


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足利義昭です。信長のおかげで将軍についたけど……信長め!今にみておれ!



コアラ信長さんと義昭さんはこの後、対立していくんだよ。



この先、信長が歴史の中心となっていくのです。





1567年には出羽国米沢城(よねざわじょう)で1人の武将が生まれました。


それが伊達政宗(だてまさむね)です。

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伊達政宗


コアラ遅れてきた戦国武将だね。もっと早く生まれてたら、どうなってたかなぁ〜?





そして…「八幡の武将」でも少し触れましたが1569年に駿河国の今川氏真(いまがわうじさね)が掛川城(かけがわじょう)から退却し北条氏の元に行き、戦国大名としての今川氏は滅亡したのです。


大河ドラマ「おんな城主 直虎」の第30回「潰されざる者」は1568年辺りでしょう。

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コアラあ〜!直虎さんだぁ…綺麗だなぁラブラブ





さてさて、「八幡の武将」の次回は三増峠の戦いで綱成(つなしげ)はどうなるのか?そして倒れた氏康(うじやす)は?


コアラ「八幡の武将」の次回をお楽しみに〜ね。




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