1566年、中国地方では毛利元就(もうりもとなり)が月山富田城の戦い(がっさんとだじょうのたたかい)で出雲国の尼子義久(あまこよしひさ)を降伏させ、中国地方8ヶ国を支配する大名になりました。
この時、元就は70歳でしたが、なんと1567年の71歳の時に最後の子供をもうけています。
それが後の毛利秀包(もうりひでかね)です。
1568年、織田信長(おだのぶなが)が足利義昭(あしかがよしあき)を旗頭に上洛しました。
そして義昭は征夷大将軍(せいいたいしょうぐん)に就任したのです。
この先、信長が歴史の中心となっていくのです。
1567年には出羽国米沢城(よねざわじょう)で1人の武将が生まれました。
それが伊達政宗(だてまさむね)です。
そして…「八幡の武将」でも少し触れましたが1569年に駿河国の今川氏真(いまがわうじさね)が掛川城(かけがわじょう)から退却し北条氏の元に行き、戦国大名としての今川氏は滅亡したのです。
大河ドラマ「おんな城主 直虎」の第30回「潰されざる者」は1568年辺りでしょう。
さてさて、「八幡の武将」の次回は三増峠の戦いで綱成(つなしげ)はどうなるのか?そして倒れた氏康(うじやす)は?
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