1984年9月21日、新日本プロレスのシリーズ終了後に一大事が発表されました。
かねてより新日本プロレスから選手引き抜きを公言していた新日本プロレス興行の大塚氏がついに動いたのです。
発表とは…
長州力が新日本プロレス興行に移籍したのです。
長州の他にアニマル浜口、谷津嘉章、小林邦昭、寺西勇。
そして海外にいるマサ斉藤、キラーカーンも合流します。
さらにこの3日後、栗栖正伸、永源遙、保永昇男、新倉史祐、仲野信市も新日本プロレス興行に移籍しました。
その時の週刊プロレスの表紙がこちら⬇️
大塚氏は藤波辰巳にも声をかけていたそうですが藤波は新日本プロレスに残りました。
万一、藤波までいなくなっていたら…
新日本プロレス興行は全日本プロレスと業務提携を結んでおり、今後、長州らが全日本プロレスのリングに上がることになるのです。
この大量離脱はプロレス界の模様をいっぺんに変えた大事件でしたね。
新日本プロレス興行はその後、
ジャパンプロレスと改称したのです。
新日本プロレスは1983年に初代タイガーマスク、1984年になり、前田日明、ラッシャー木村、剛竜馬、グラン浜田、藤原喜明、高田延彦、山崎一夫、木戸修が離脱。
そして今回の長州らの離脱。
1年で大量に選手がいなくなりました。
新日本プロレスにとっては大激震な1年。やはり1983年に起きた新日本プロレスのクーデター事件が全て発端だったと思います。
そんな寂しくなった新日本プロレスの猪木さんはマシン軍団と対戦していました。
突然に新日本プロレスの風景が変わり、寂しく感じました。
一方、ジャパンプロレス軍が上がる全日本プロレスの風景も一気に変わることになるのです。
それはまた次回で。
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