民の御館様 〜手伝い戦〜 | 歴史を感じよう

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日本史について個人的に感じたこと、調べたことを連載形式で書いていきます。また、神社やお寺、史跡巡りしたことも書いていきます。日本史以外の歴史にもふれていきます。そして…「オイラ、えいたろうの相棒のコアラだよ。是非読んでね。」


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私は北条早雲(ほうじょうそううん)の子・幻庵(げんあん)です。



駿河国の今川氏親(いまがわうじちか)殿の諱(いみな)を頂いた兄・伊豆千代丸(いずちよまる)は伊勢氏綱(いせうじつな)と名乗り元服しました。


コアラ氏親さんの氏の字を頂いたんだね。



早雲「氏親殿、ありがとうございます。」

氏親「なんの。氏綱、精進するのだぞ。」

氏綱「はい。ありがとうございます。」

氏親「ところで叔父上にお願いがあるのですが…。」

早雲「いかがされた?」

氏親「今川は三河国を攻めるのですが、叔父上に兵を率いて参陣してほしいのです。」

早雲「三河…三河国の誰を攻めるのです?」

氏親「松平長親(まつだいらながちか)です。」


コアラ松平長親さんの何代か後が徳川家康(とくがわいえやす)さんなんだよ。


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徳川家康です。松平長親は我が先祖です。


早雲は氏親殿の申し出を受け、三河国に出兵することになりました。


氏綱は早雲と2人になった時に語りました。

氏綱「父上、今川家の戦を手伝うのですか?」

早雲「うむ。今川家はわしが関東に進出するきっかけとなった家だ。伊豆の堀越公方を攻めてた時も兵を貸してくれた。今は協力せねばならん。さらに氏親殿の母は我が妹・桃だからの。」



しかし、早雲の胸の内には今川からの完全な独立を考え始めていたのです。




1501年に早雲は今川氏の軍勢と共に三河国を攻めました。


岩津城を攻めましたが、そこには松平長親殿がいたのです。

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岩津城跡


今川氏の軍勢は松平長親殿の先陣・酒井氏(さかいし)、本多氏(ほんだし)、大久保氏(おおくぼし)の活躍で敗北したのです。

コアラ酒井氏、本多氏、大久保氏って家康さんの時代にも聞く武将だね。



やはり早雲は手伝い戦に力が入らなかったようでした。







早雲は伊豆国の韮山城に帰りましたが、韮山城では早雲の帰りを待っているものがいたのです…。












つづく…
コアラ次回をお楽しみに〜


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