私は北条早雲(ほうじょうそううん)の子・幻庵(げんあん)です。
駿河国の今川氏親(いまがわうじちか)殿の諱(いみな)を頂いた兄・伊豆千代丸(いずちよまる)は伊勢氏綱(いせうじつな)と名乗り元服しました。
早雲「氏親殿、ありがとうございます。」
氏親「なんの。氏綱、精進するのだぞ。」
氏綱「はい。ありがとうございます。」
氏親「ところで叔父上にお願いがあるのですが…。」
早雲「いかがされた?」
氏親「今川は三河国を攻めるのですが、叔父上に兵を率いて参陣してほしいのです。」
早雲「三河…三河国の誰を攻めるのです?」
氏親「松平長親(まつだいらながちか)です。」
早雲は氏親殿の申し出を受け、三河国に出兵することになりました。
氏綱は早雲と2人になった時に語りました。
氏綱「父上、今川家の戦を手伝うのですか?」
早雲「うむ。今川家はわしが関東に進出するきっかけとなった家だ。伊豆の堀越公方を攻めてた時も兵を貸してくれた。今は協力せねばならん。さらに氏親殿の母は我が妹・桃だからの。」
しかし、早雲の胸の内には今川からの完全な独立を考え始めていたのです。
1501年に早雲は今川氏の軍勢と共に三河国を攻めました。
岩津城を攻めましたが、そこには松平長親殿がいたのです。
今川氏の軍勢は松平長親殿の先陣・酒井氏(さかいし)、本多氏(ほんだし)、大久保氏(おおくぼし)の活躍で敗北したのです。
やはり早雲は手伝い戦に力が入らなかったようでした。
早雲は伊豆国の韮山城に帰りましたが、韮山城では早雲の帰りを待っているものがいたのです…。
つづく…

