私は北条早雲(ほうじょうそううん)の子・幻庵(げんあん)です。
(早雲は最初は伊勢新九郎盛時(いせしんくろうもりとき)と名乗っています。)
1486年、暮れも押し迫った頃、駿河国より報せが入りました。
報せは盛時の家臣で忍びの小太郎(こたろう)の弟、新次郎(しんじろう)からでした。
小太郎「新次郎の報せによると、今川氏(いまがわし)の家督を代行している小鹿範満(おしかみつのり)が密かに関東の扇谷上杉家(おうぎがやつうえすぎけ)と連絡を取ってるとあるね。」
盛時「小鹿め。関東と結んで家督代行ではなく、龍王丸から家督全てを取りたくなったのだろう。」
小太郎「盛時様、どうする?」
盛時「うむ〜、妹の桃からの連絡を待とう。新次郎には小鹿側から目を離さすなと伝えよ。それと桃と龍王丸がいざという時に逃げれるように手筈を整えよともな。」
小鹿範満殿は扇谷上杉家の力を借り、今川氏家督の奪取を企んでいたのです。
明けて1487年、ついに盛時に男子が誕生しました。
生んだのは盛時の正室・陽子(ようこ)でした。
幼名を伊豆千代丸(いずちよまる)、後にの北条氏綱(ほうじょううじつな)です。
そんな喜びの中、駿河国の桃からの文が届いたのです。
それには龍王丸殿が元服してもいい歳になったのに小鹿範満が家督を返そうとしないというものでした。
盛時「やはりか。このままだと桃と龍王丸が危ない!」
盛時は駿河国へ下向することを将軍・足利義尚(あしかがよしひさ)様に願い出たのです。
その頃、義尚様は近江国の守護大名・六角高頼(ろっかくさだより)を討つため出陣の準備をしていました。
盛時は義尚様に駿河国の状況を話しました。
盛時「駿河国は関東に近く、また今川はこれまで関東の勢力に対する幕府側の要です。今、小鹿範満に今川の家督を奪われるということは今川を関東に奪われると同じです。」
義尚「確かにな。今川は重要な地位にいる。関東には渡してならん。」
盛時「私が駿河国下向することをお許しを!」
義尚「六角攻めがあるが、盛時は駿河国を優先せよ。必ず今川を関東には渡してはならんぞ。」
盛時「御意!」
義尚「盛時、事が終わったら必ずわしの元へ戻ってまいれ。」
盛時「かしこまりました!」
盛時は駿河国下向の許しを得ましたが、既に盛時の心の中では京に戻るつもりはなかったのです…。
つづく…

