私は北条早雲(ほうじょうそううん)の子・幻庵(げんあん)です。
(早雲は最初は伊勢新九郎盛時(いせしんくろうもりとき)と名乗っています。)
父・盛定(もりさだ)を亡くし盛時は大泣きに泣きました。
ふと見ると盛定の枕元に1通の書状が置いてありました。
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盛時、これをそなたが読んでいる時はわしは既に死んでいるのだろう。
病になり、いつ死ぬか、わからぬゆえ、書き置きを残しておく。
わしが死んだ後は、そなたは自ら思う道を行くがよい。わしと同じように将軍様に仕えるか、そなたの信じることに進むか、そなた次第じゃ。
わしが思うに幕府の先は明るくはない。だから自ら新たな道を行くことも選択肢の一つだ。
ただ、民を大切にすることは忘れるな。作物を作る民、魚を獲る民、民は国の礎。民を守っていくのが武士の役目。そのことだけは外れないように生きよ。
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「民を大切にする」…盛時が小さい頃から父・盛定に言われ続けたことでした。
父を亡くした後、盛時は前将軍・足利義政(あしかがよしまさ)様から依頼のあった現将軍の義尚(よしひさ)様に仕える件の返事を保留し喪に服しました。
そして以前より学んでいた禅に没頭したのです。
盛時は自らからに問いかけていました。
「自分の信じる道とはなんだ⁈ 」
盛定の残した言葉に悩み抜いていました。
ある日、寺でいつものように禅をくんでいると、1人の武士が入ってきました。
武士「これは…ご一緒してよろしいかな?」
盛時「ええ…。」
2人は一緒に禅をくんでいました。
夕刻になり、外に出た盛時にその武士は声をかけてきました。
武士「何かにお悩みですかな?」
盛時「ええ、この先の自らが歩む道を考えています。あなたも?」
武士「私も同じようなものです。申し遅れました。私は大道寺重時(だいどうじしげとき)と申します。」
盛時「大道寺…私は伊勢盛時です。」
重時「私は山城国から来ました。今の山城国は畠山政長(はたけやままさなが)と畠山義就(はたけやまよしのり)の争いで民は疲弊しています。しかし、私には何もできなかった。」
盛時「民が疲弊しているとは…武士の欲で民を苦しめるとは!」
重時「自分に何ができるか、悩んで禅をくんでおります。」
盛時「お互い、早く答えを見つけなければなりませぬな。」
重時「そうですね。では、またどこかでお会いしましょう。」
盛時は重時と別れました。重時も民を大切にする人物と盛時は思い、同志を見た気持ちになっていたのです。
盛時は悩んだ挙げ句、答えは出ずじまいでした。
将軍に仕える件の返事をいつまでも保留にする訳にもいかず、結局将軍に仕えることにしたのです…。
つづく…

